“車いすのお医者さん”が支えた銅メダル。車いすラグビーのメカニックのチカラ

スポーツ 東京2020

8月29日、車いすラグビー3位決定戦で日本はオーストラリアを下し、リオに続き2大会連続の銅メダルを獲得した。

その試合後、主将の池透暢(41)は「“彼”のおかげで取れたメダルだと思います」、チーム最年長の島川慎一(46)は「“彼”がいないとチームが成り立たないと思っています」と、それぞれある人への感謝の言葉を口にした。

その相手とは、日本代表のメカニックを務める三山慧さん(35)だ。


金メダルを逃した日本だったが、三山さんは「選手たちがどれくらいの気持ちでやっていたのかというのも普段話しているときから分かっているつもりなので、ホッとしている感じですね」と安堵の表情を浮かべていた。

銅メダルを支えた車いすのお医者さん

パラ競技で唯一、車いすの接触が許されている車いすラグビー。

競技用の車いす・通称「ラグ車」は、その衝撃の激しさから、試合中に壊れてしまうことも稀ではない。


壊れたとしても、試合中にコート上で修理が出来る時間はわずか1分。メカニックはこの1分に全てをかけている。


その重要性について池キャプテンは、「”車いすのお医者さん”って感じ。『もっと車いすをこうしたい』という相談にも乗ってくれるし、アドバイスもくれる」と全幅の信頼を寄せる。

多岐にわたるメカニックの仕事


三山さんの仕事は「試合中」だけではなく、「練習中」も必要とされている。さらには選手の要望を聞き、”ラグ車”の設計も担当する。

「特殊な形状をオーダーしたので、どこにどのパイプをつけるか、どこにどう穴が欲しいとか、図面を引いてって感じです」

気になる“ラグ車”の値段については、「代表選手の車いすは150万円くらい。当たりの強い選手とやっていると1年持たない」と明かした。


“ラグ車”は各選手の体格や障害に合わせたオーダーメイドで、全てが唯一無二だ。
少しでも異変が生じれば、選手のパフォーマンスに影響が生じるため、メカニックには大きな責任が伴っている。


2020年1月、三山さんの作業場を訪れると日本代表・中町俊耶(当時25)の姿があった。
素人目にはわからない、わずかな「へこみ」でさえも選手にとっては死活問題だ。そのへこみの修理に訪れていたのだ。

「ここ盛れます?斜めにしたら引っかかんないかなと思って。めっちゃここ凹んでいるんです」

中町の要望を聞き、すぐに修理に取り掛かる。さらに修理だけでなく、選手の不安を取り除くことも三山さんの大きな仕事だ。

「いきなり大会でバキって折れたら、怖いな…」と話す中町に、三山さんは「その時はその時だよ。大丈夫」と笑顔を見せる。

このコミュニケーションで“車いすのお医者”さんと呼ばれるまでになった。

「チームにとっていなきゃいけない存在ですね」と、中町は三山さんに信頼を寄せる。

人生を変えた官野の言葉

三山さんがこの道を志すようになったきっかけは、ひとつの出会いだった。

「バイクでケガして入院した先に官野くんが先に入院していたんですよ。最初に会って仲良くなりました」

三山さんの言う「官野くん」とは、のちに車いすラグビーでリオ大会の銅メダルを獲得する官野一彦さん(40)のこと。たまたま病院が一緒になった彼の一言が、三山さんの人生を変えた。

「みんなで話をしている時におばあちゃんが来て、おばあちゃんが『車いすで不自由だね』って話をして、そうしたら官野君がいつものトーンで『不自由ですけど、不幸じゃないですよ』ってさらっと言ったんです。不幸じゃないっていいきれるのはスゴいなって」


官野さんが自分の障害を受け入れて、前を向く姿に影響を受けたという三山さん。車いすラグビーを始めた官野さんとともに、この仕事にのめり込んでいった。

2007年に代表のメカニックに就任すると、2016年のリオ大会では銅メダル獲得に貢献。
そして2020年、パラリンピックが1年延期された間も献身的に支え続け、今大会を迎えた。

コート上でのメンテナンスが許されているわずか1分という時間で、難なく修理をし、選手を送り出してきた三山さん。


「いつも通りやれば絶対大丈夫だと思っているので、選手の邪魔をしないように、ゲームの邪魔をしないようにと心掛けていました」

メカニックとしての集大成

そして8月29日の3位決定戦は、三山さんの集大成になった。

2大会連続のメダルをかけた車いすラグビー・3位決定戦。ベンチには自らの出番に備える三山さんの姿があった。


「しっかり整備して最高のパフォーマンスを出せるように、それだけを心掛けてやっていました」と振り返る三山さん。

この大一番に向け三山さんが整備した車いすで、日本チームはコートで躍動した。

日本リードで迎えた第3ピリオドに、 エース・池崎大輔のタイヤがパンクすると、三山さんがコートに入り、タイヤをわずか10秒程度で交換。


その直後、池崎が軽快な車いすさばきでトライを決める。
三山さん自身が集大成として臨んだ今大会に、選手たちは魂の込もった“ラグ車”で、コート上を力強く駆け抜けた。


夢舞台を終えた三山さんは、試合後にこう語った。

「やり切った感がすごくあって楽しかったです。(車いすラグビーは)成長をさせてくれる競技だったし、出会えてよかったと思います」

(FNNプライムオンライン9月1日掲載。元記事はこちら

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