「夜だったら私たちはダメだった」鉄砲水が自宅飲み込み…台風で甚大な被害 5年前の教訓を次世代に【岩手発】

地域 社会 気象・災害 防災

岩手県で29人が犠牲になった台風10号から8月30日で5年。
甚大な被害を受けながらも、岩泉町の安家地区に暮らし続けてきた人たちの思いを取材した。

将来のことを考え…60年住んだ家から引越し

合砂哲夫さん:
家にいたらドスンと響く音がしたんですよ。どうしたのかと思ったら、窓ガラスがガシャンと割れて水が入ってきた、家の中に


岩泉町の安家地区で牧場を営む合砂哲夫さん(65)。
現在 物置として使うこの建物は、かつて家族4人で暮らしていた自宅。5年前(2016年)、台風10号に伴う豪雨で山から押し寄せた鉄砲水に飲み込まれた。


合砂哲夫さん:
ガラスが壊れて土砂がダーッと入ってきた。夜だったら、私たちはもうだめだったと思う


当時410棟の住宅があった安家地区。台風10号でそのうちの151棟が全半壊し、地区別でみた住宅被害の割合は町内で最も高い約4割に上った。


当時は各地で鉄砲水が発生したのに加え、地区の中心部を流れる安家川が氾濫。川沿いに家を構え、川とともに生きてきた人たちの暮らしが1日で奪われた。


自宅周辺が土砂災害警戒区域に指定された合砂さんも、60年住み続けた元の家を離れることにした。下流部に所有していた牧場のそばに、数千万円をかけて自宅を建て直した。


合砂哲夫さん:
自分や家内だけならいいんですけど、将来のことを考えれば、ここに住むよりは別のところに住んだほうがいいんじゃないかというのが大きかった

合砂さんは被災からこれまでの日々をこう振り返る。

合砂哲夫さん:
もう5年ですけどね、いつまでもくよくよしてたってどうにもならないし、いろんな人に助けられて支援してもらって、ここまでになったと思う


賑わっていた安家地区を"残す"

内記和人記者:
川幅を広げる工事に伴い、安家地区にかかる4本の橋はすべて架け替えられることになっています。このうち2本の橋は現在も使えない状態で、住民からは「遠回りをしなければいけないので大変不便だ」という声も聞かれました


安家川の改修工事の進捗率は、2021年6月時点で約60%。また、当時600人あまりだった安家地区の人口は、あの日を境に多くの人が離れ、(2021年7月時点で)約480人にまで減った。


玉澤雅子さん:
あの(トラックが)通ってるあたりの道路は、(今後)河川敷になっちゃう


台風で一変した街並みを見つめる女性。ここで雑貨店を営む玉澤雅子さん(58)。
玉澤さんも自宅と店舗が被災し、建て直した。町内の別の地区から嫁いできた玉澤さんは、安家地区をイラストに残す活動している。


現在の5倍以上、2,600人あまりが住み、賑わいをみせていた約60年前の安家地区を、当時を知る人の声をもとに8月に描き上げた。


玉澤雅子さん:
みなさんから聞いて、ここにこういう人が住んでたっていうのを、どんどん書いていって、なんか足し算ばっかり。これもあった、あれもあったっていう感じで

そのイラストを見て当時を懐かしむ人も。

玉澤雅子さん:
(イラストを見て)ああだったな、こうだったなというのを語ってくれた人がいたので。思い出す機会にはなっていると思う。子どもたちは「こんなだったの?」と、びっくりしてくれるのが楽しいかな


このイラストは多くの住民に台風以前の街並みを思い出すきっかけにしてもらおうと、役場の支所に貼り出された。


安家地区の住民:
懐かしいですよね。郵便局ね。この橋は買い物に行くときに使っていた。たくさん無くなった


災害の恐ろしさを語り継ぐ

合砂さんの孫・柚葉ちゃん(4)。台風10号の翌年に産まれた。保育園から帰ると大好きなおじいちゃんと一緒に、牛の世話するのが日課。


5年前の出来事を知らない柚葉ちゃん。合砂さんは、災害の恐ろしさと備えの大切さを語り継いでいきたいと考えている。


合砂哲夫さん:
どんな災害がこれから起きるかわからないけど、いつかは起きるかもしれないというのは、頭の中において生活していかなきゃならない。(柚葉ちゃんに)徐々に教えようとは思います


台風で様々なものを失いながらも、安家地区で生きていくことを決めた住民たち。
それぞれに、大切なものを伝え続けようとしている。

(岩手めんこいテレビ)

(FNNプライムオンライン9月4日掲載。元記事はこちら

https://www.fnn.jp/

[© Fuji News Network, Inc. All rights reserved.]

FNNニュース