高知のシンボル・浦戸大橋を自作の車「ミッキー号」で駆け抜けた一番乗りの通行人 開通50年でお祝い走行

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高知が誇る月の名所、桂浜に向かう観光客が利用する浦戸大橋が開通50周年を迎えた。開通当時、一番乗りで通行した男性が半世紀の時を経て再び記念走行をした。

開通1週間前に知らせを聞き…友人と橋へ

高知市浦戸と種崎を結ぶ「浦戸大橋」は全長約915メートルで、最高点は海抜50メートルにも及ぶ。

1960年代に入り県内の交通量が増えたことを受け、海岸沿いを便利に行き来できるよう約16億円をかけて1972年7月に開通した。


橋の開通前までは、浦戸から種崎に向かう場合、県営渡船を使用するか県道35号をう回する必要があった。当初は通行料が必要だったが2002年からは無料となり、地域住民のほか桂浜へ向かう観光客などに使われ、2022年で開通から50年を迎えた。


濱田御酒男さん:
「橋ができたかよ、ほーかよ、ええのう」という、そういう感じでしたね


50年前の開通当時の状況を話すのは、県庁内で自転車店を営む濱田御酒男さん(74)。濱田さんは当時24歳。一番乗りの通行人として、浦戸大橋を自作の車で駆け抜けた。


1週間前に町内会長から開通の知らせを受けたという濱田さん。

濱田御酒男さん:
開通の前の日に「ほんなら橋の入り口へ、これ(原付き4輪)を置いちょってみようか」ということで。一番乗りするという目的も何もないまま、ただ漠然と自分の車をガードレールへ、ロープで引っ掛けて置いちょった


その車がこちら。

自身のあだ名である「ミッキー」の装飾を施した原付き4輪車
自身のあだ名である「ミッキー」の装飾を施した原付き4輪車

濱田さんのあだ名である「ミッキー」の装飾を施した「ミッキー号」だ。

濱田御酒男さん:
開通の時間が来るよと。ほいたら行ってみようかというがで、友達と車に乗って浦戸大橋からずーっと来ていたら、車がえらい並んじゅう。え?え?という感じで…


止めていた濱田さんの車の後ろに50台もの車の列があったという。

再びお祝い走行へ「こんなに気持ちがいいことはない」

50周年の記念行事がないことを知り、もう一度、お祝い走行をしようと決めた濱田さん。今回乗るのは、50周年記念の旗を掲げたシニアカー「高知家丸」だ。


午後3時、いよいよ出発。1km余りの距離をゆっくりと駆け抜けた。


濱田御酒男さん:
爽快というか、人生でこんな気持ちのいいことは、おそらくもう2度とないんじゃないかというくらい気持ちよかった。太平洋の隅まで見れたし、また北を見れば御畳瀬(みませ)の方も見れたし。これからどんな生き方をしていけばいいかと、そんなことさえ、ちらほらと浮かんできた。自分の動けるうちは、みんなのために貢献できることがあれば、なんなりとやってみたい


浦戸湾の入り口にそびえる浦戸大橋は、これからも高知のシンボルでありつづけるだろう。

(高知さんさんテレビ)

(FNNプライムオンライン8月3日掲載。元記事はこちら

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