ジブリパークはなぜ愛知だったのか…鈴木敏夫の心を動かした「1人の火付け役」 隠された思いとその舞台裏

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愛知県長久手市に開園したジブリパーク。なぜジブリは愛知県を選んだのか…隠された思いや、その舞台裏を取材した。

公園の全部をジブリで使わない…この条件があったから計画は始まった

スタジオジブリの名物プロデューサー鈴木敏夫さんは、名古屋出身。


ジブリパークはなぜ愛知にできたのか、その秘密を聞いた。

鈴木敏夫さん:
だからやっぱり人ですよね。そういう人がいないと。白井さんというのが今回のジブリパークの火付け役。あの方は長久手の近くに住んでいらっしゃるんですよね

中日新聞の元会長・白井文吾さん。ドラゴンズの優勝祝賀会で鈴木さんと出会った。


その後、白井さんは愛知県豊田市で開かれたジブリの展覧会を見て、こんな提案を…。


鈴木敏夫さん:
「鈴木さん、ああいうの(展示物)はどのくらい、今まで色々あるんだろ?色々な種類が。それをしまっておく倉庫を作らない?」と言われたんですよ。これがきっかけです

スタジオジブリが各地で開く展覧会。その展示物を愛・地球博記念公園で保管して、一般公開するというアイデアだった。


鈴木敏夫さん:
(白井さんは)モリコロパーク(愛・地球博記念公園)を何とかするメンバーの1人だったんじゃないんですか。利用されている方が年間160万人いらっしゃる。その人たちから公園を奪いたくない、それは最初から付帯条件として白井さんが言ってきた

2005年、万博の会場だった愛・地球博記念公園。その豊かな自然と、人々の思い出を守りたい。それが白井さんの願いだった。


鈴木敏夫さん:
だから全部ジブリで使ってもらっちゃ困るみたいな。この人、面白い人だなと思って。あの人がいなきゃやってないような気もするし

鈴木敏夫さん:
もう1人ね、大村知事。あの人もなかなかでしたね。僕の東京の事務所に、なんだかんだ8回も足を運んでいただいて


ジブリパークは公園の地形や自然を生かしながら建設。大きなアトラクションや乗り物は作らなかった。


ジブリの大倉庫は温水プールを改装。「故きを温ねて新しきを知る」温故知新の心は、ジブリの哲学と同じだ。

宮崎吾朗監督:
古いものを残すことというのは、どこかで大事なんじゃないかと思うようになった


宮崎吾朗監督:
これは宮崎駿に言われたんですけど、「ちょっと古くさい方がいいんだ」って、映画作りでも言われたんですよね。それは古びないからだって言われたんですよ

(東海テレビ)

(FNNプライムオンライン11月10日掲載。元記事はこちら

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