「陸前高田の記憶を伝える」 博物館復興に力を尽くした学芸員の思い【岩手発】

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津波で全壊した岩手・陸前高田市立博物館が11月5日、11年8カ月ぶりによみがえった。地域の記憶を未来につなぐため、尽力してきた学芸員の思いを伝える。

11年8カ月ぶり…地域に愛された博物館が再開

11月5日に再開した陸前高田市立博物館。東日本大震災の津波で全壊したあと、11年8カ月ぶりに復活し、多くの市民が訪れた。


陸前高田市民:
博物館が流される前の思い出があるから、きょうはすごく感慨深い


この日を待ちわびた人がいる。主任学芸員の熊谷賢さん。

陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
長かったというのか短かったと言うのか…時間を忘れて、とにかくやらなければという気持ちだけでやってきた


11年8カ月もの間この日のために力を尽くしてきた。

津波で建物は全壊…泥の中から地道に文化財救出

博物館は市内にあった海と貝のミュージアムと統合する形で再建され、市内で出土した土器やはく製など、約7,300点の資料が展示されている。


大きなテーマの一つは「震災の記憶を伝える」。中央にあるのは世界で唯一のツチクジラのはく製。津波で受けた傷跡は、あえて残して展示されている。震災前から「つっちぃ」の愛称で親しまれてきた。


1959年、東北で初めての公立博物館として開館した陸前高田市立博物館。


所蔵品の9割は地元の人から寄贈されたもので、昔の子供たちが遊んでいたげたのスケートなども展示。地域に愛される博物館だった。


しかし、2011年3月11日の東日本大震災の津波で建物は全壊、4人いた学芸員のうち3人が犠牲となり、熊谷さんだけが助かった。


陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
文化財が残らない復興は本当の復興ではない。陸前高田が陸前高田と言えるのは、文化・歴史・自然があって初めて言えること


熊谷さんは震災後すぐに被災した文化財の救出作業に入り、泥の中から約46万点を回収した。

ーー地道な作業ですね

陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
文化財ですから

回収後の修復は全国の大学や研究機関も協力し、作業を終えた文化財が熊谷さんのもとに続々と届けられた。


陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
救出した時の状態から見ると夢のよう

「今からがスタート」陸前高田の記憶を伝える

オープンを間近に控えた10月末、熊谷さんは思い入れのある展示物を教えてくれた。

陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
これは2015年に市民が持ってきた。海と貝のミュージアム近くの川で見つけてミュージアムのものではないかと


学芸員だけではなく、市民も文化財を救出していた。震災後に寄贈された数は約2,500点にのぼる。

陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
陸前高田の博物館は市民の方との距離が近くて、それが震災によって無くなってしまうと思っていたが、市民に支えられていると震災後にまた実感した。見にきてほしい

こうして迎えた再開の日。


熊谷さんが案内していたのは市内に住む吉田朋子さん。亡くなった貝類学者の父が多くの貝を寄贈していて、自身も手伝っていたという。

陸前高田市・吉田朋子さん:
こんなにきれいにしていただいて、皆さんの努力に感謝。父も喜んでいると思う


博物館は再開したが、文化財の修復作業は16万点ほど残っていて、館内にあるガラス張りの作業室でも公開されている。


陸前高田市立博物館・熊谷賢主任学芸員:
ある意味ここがゴールだと思って頑張ってきたが、お客さんが来たのを見て、ここはゴールではない、今からがスタートなんだとあらためて思った。こんなにすごいものがいっぱいあるんだと胸を張って陸前高田のことを言えるように、陸前高田のことを大好きな市民になってもらえるのが一番いい


市民に愛され支えられた博物館。その愛情を返すように、これからも陸前高田の記憶を伝え続けていく。

(岩手めんこいテレビ)

(FNNプライムオンライン11月22日掲載。元記事はこちら

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