世界文化賞は挑み続ける「芸術が描く調和ある未来」ヴェンダース X SANAA

文化

芸術に国境はない。洋の東西、分野を問わず、人間は芸術のもとに寄り添う。その芸術家同士が今年、日本で再会した。ドイツ人映画監督と日本人建築家ユニットの幸せな化学反応が社会における芸術の役割を教えてくれる。

SANAAとヴェンダース夫妻(10月19日東京・元赤坂 明治記念館)© 日本美術協会/産経新聞
SANAAとヴェンダース夫妻(10月19日東京・元赤坂 明治記念館)© 日本美術協会/産経新聞

地球における”偉大な冒険”を体験してほしい

ヴィム・ヴェンダース監督は自分の作品について「ドキュメンタリーのようなフィクション、あるいはフィクションのようなドキュメンタリーが多い」と語る。確かに作品を見渡すと、ここ2、30年はドキュメンタリーでも存在感がある。

日本の“兄弟”と呼ぶファッションデザイナー山本耀司氏を密着取材した『都市とモードのビデオノート』(1989年)やキューバの老ミュージシャンたちを記録した『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999年)、ドイツ人舞踊家、ピナ・バウシュ氏と彼女のダンスカンパニーを3D技術で捉えた『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)などの名作がフィルモグラフィーに並ぶ。

『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999/ドイツ・アメリカ/カラー/ビスタ/105分)© Wim Wenders Stiftung 2014
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999/ドイツ・アメリカ/カラー/ビスタ/105分)© Wim Wenders Stiftung 2014

世界文化賞は、絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の5部門で、国際理解の礎となる文化・芸術の発展に貢献した芸術家を顕彰するものである。今年は偶然にも、かつて分野を超えてアートを共同創作した二組の芸術家が、同時に世界文化賞を受賞している。

その二組とは、演劇・映像部門のヴェンダース監督と建築部門のSANAA(妹島和世さん、西沢立衛さん)である。SANAAが手掛けた建築をヴェンダース監督がドキュメンタリー作品にしている。

西沢立衛さん 妹島和世さん(中央)ヴェンダース監督らと共に(10月18日合同記者会見)© 日本美術協会/産経新聞
西沢立衛さん 妹島和世さん(中央)ヴェンダース監督らと共に(10月18日合同記者会見)© 日本美術協会/産経新聞

「世界でも類を見ない」と監督が称賛する建築物は、スイス連邦工科大学ローザンヌ校のキャンパス内に作られた『ROLEXラーニングセンター』。数十万冊もの蔵書がある図書館や自習スペース、誰でも利用できるカフェやレストランも併設された複合学習施設である。

波打つような緩やかなカーブの曲線が、まるで呼吸しているかのような外観。うねりが生み出す静謐なハーモニー。その特徴的な構造を表現するために、ヴェンダース監督は3D技術を採用し12分の短編ドキュメンタリー『もし建築が話せたら…』(2010年)を作った。

『もし建築が話せたら…』の撮影現場「ROLEXラーニングセンター」にて―2010年(スイス・ローザンヌ)© Wenders Images GbR
『もし建築が話せたら…』の撮影現場「ROLEXラーニングセンター」にて―2010年(スイス・ローザンヌ)© Wenders Images GbR

ヴィム・ヴェンダース(以下、WW):
一層構造の建物にもかかわらず、中に入ると丘のような造りになっていて、エレベーターなしに上がり下がりができます。この建物をどう映像で伝えられるかを考えた末、実際行ったことがない人たちに三次元の体験で見てもらいたいと思いました。

妹島さんと西沢さんにセグウェイに乗って館内を案内してもらうという発想も、その場で出てきました。皆さんに、私たちクリエイターと同じものを感じてもらうことが重要なのです。

セグウェイに乗った妹島和世さん 西沢立衛さん © 2010 Neue Road Movies / Film Clips courtesy of Road Movies
セグウェイに乗った妹島和世さん 西沢立衛さん © 2010 Neue Road Movies / Film Clips courtesy of Road Movies

WW:
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』もそうした発想から始まりました。振り付けやコスチュームのデザインをどのように考えているか感じる。自分でない人のアプローチを想像する。それは地球における偉大な冒険です。自分とは異なる芸術分野にいる人が、何をどのように創造していくかを皆さんに体験してほしいのです。

『もし建築が話せたら…』© 2010 Neue Road Movies / Film Clips courtesy of Road Movies
『もし建築が話せたら…』© 2010 Neue Road Movies / Film Clips courtesy of Road Movies

国際交流は芸術をもって行う

ヴェンダース監督が現在製作中のトイレ映画は、建築家の安藤忠雄氏らが設計した公共トイレが舞台になっている。安藤氏は1996年の世界文化賞建築部門の受賞者である。

他にも監督は多くの世界文化賞受賞者と仕事をしている。前述のピナ・バウシュ氏(1999年演劇・映像部門)やブラジル人写真家、セバスチャン・サルガド氏(2021年絵画部門)のドキュメンタリーを撮り、現在はスイス人建築家、ピーター・ズントー氏(2008年建築部門)をカメラで追いかけている。

サルガド氏(右)と共に 『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』撮影現場にて―2014年 © 2014 Decia Films – Amazonas Images
サルガド氏(右)と共に 『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』撮影現場にて―2014年 © 2014 Decia Films – Amazonas Images

このように世界文化賞は、世界中の芸術家の感性を揺さぶり、異なる芸術同士の化学反応は今後も増殖していくだろう。それが国際理解の礎になり、日本から芸術の役割を発信する意義はますます高まっていくに違いない。

ヴェンダース監督にとって、世界文化賞の受賞が意味するところを聞いてみた。

WW
私のたくさんの友人がこの賞を受賞しているのは嬉しいことです。実に素晴らしいことです。フェリーニ(筆者註:1990年受賞 イタリアの「映像の魔術師」フェデリコ・フェリーニ監督)など亡くなった友人から、ピナやサルガドといった本当に親しい友人まで大勢います。

私の最も偉大な友人の一人、ダニ・カラヴァン(筆者註:1998年彫刻部門)もいます。本当に良い友人たちで、よく私に世界文化賞のことを話してくれました。だから、この世界文化賞は神話のようなものなのです。

ヴィム・ヴェンダース監督 上野公園にて―2022年 © 日本美術協会/産経新聞
ヴィム・ヴェンダース監督 上野公園にて―2022年 © 日本美術協会/産経新聞

文化・芸術を称え 日本から発信

ヴェンダース監督の小津安二郎への敬愛を見るまでもなく、日本の文化・芸術、日本人の社会行動は世界で受け止め方は違えども、尊敬されている。そのことを私たちは気づかないのか、忘れがちなのか。

日本人は一時期、日本を失いかけたことがある。それは明治時代初頭のこと。筆者は、中学の教科書で習ったフェノロサのことが頭に浮かぶ。哲学者で美術研究家のアメリカ人、アーネスト・フェノロサは日本美術を救った恩人として歴史に刻まれているが、世界文化賞の源流はその頃に遡る。

明治維新後、廃仏毀釈※や文明開化の荒波の中で、日本古来の美術は次第に顧みられなくなった。伝統工芸も危機にさらされ、文化というものが損なわれていた。こうした事態を深く憂慮された明治天皇は「わが国の芸術の振興を図るとともに、欧米諸国との交流は芸術をもって行うべし」との強い信念をもたれた。

※廃仏毀釈:仏教を排斥し、寺などを壊すこと。明治維新の神仏分離によって起こった仏教破壊運動。

現在の弁天堂(上野公園・不忍池畔)
現在の弁天堂(上野公園・不忍池畔)

このような中、明治12年(1879年)に結成されたのが「龍池会※」で、8年後の明治20年(1887年)に「日本美術協会」へと改称される。

※龍池会:上野の天龍山生池院=弁天堂に集結して会を結成したのが名の由来。フェノロサも龍池会で「美術真説」という講演を1882年に行っている。

日本美術協会の歴代総裁は皇族が務められ、皇室の文化活動の中心的な役割も担っている。

明治天皇日本美術協会行幸所跡の記念碑(上野の森美術館内)
明治天皇日本美術協会行幸所跡の記念碑(上野の森美術館内)

日本美術協会は設立100年を記念し、1988年に世界文化賞を創設した。そこには協会前総裁の高松宮殿下の「国際理解は文化・芸術を通じて」「日本古来の伝統美術を世界に発信するだけにとどまらず、世界の文化・芸術を称える活動を日本から発信する」というご遺志が引き継がれている。そして翌1989年10月、第1回高松宮殿下記念世界文化賞の授賞式典が行われたのである。

芸術が描く 調和ある未来

世界文化賞の受賞者の選考は、イタリア、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカの国際顧問が中心となり、広く世界に目を向けて候補者の推薦をすることから始まる。

今年あらたにアメリカの国際顧問※に就任したのが、元国務長官のヒラリー・ロダム・クリントン氏である。

「芸術・文化は非常に重要な形で人々を結びつけるものであり、希望を与えてくれる」と語るクリントン氏は、世界文化賞授賞式典後、自身のFacebookで次のようにつぶやいている。

ヒラリー・ロダム・クリントン氏 © 日本美術協会/産経新聞
ヒラリー・ロダム・クリントン氏 © 日本美術協会/産経新聞

私たちは芸術なしには、過去を完全に理解することも、現在を知ることも、調和のとれた未来を描くこともできません。

紛争と平和の時代、パンデミックと癒やしの時代、芸術は私たちの共通の願望、挑戦、勝利を確認するものです。

コロナ禍や分断した世界において、人々の心を癒やす芸術の役割はますます重要になっている。しかし、芸術が、芸術だけが世界を平和にするとは思わない。そんな幻想は端っから夢想してはいけない。

唯一言えることは、芸術のない世界に未来はないということだ。

※クリントン氏以外の国際顧問:ランベルト・ディーニ(元イタリア首相)、クリストファー・パッテン(イギリス、オックスフォード大学名誉総長)、クラウス=ディーター・レーマン(ドイツ、前ゲーテ・インスティトゥート総裁)、ジャン=ピエール・ラファラン(元フランス首相)

今年逝去した安倍晋三氏(元首相)は、2021年9月から国際顧問を務めていた。

(サムネイル:『もし建築が話せたら…』の撮影現場「ROLEXラーニングセンター」にて ―2010年 © Wenders Images GbR)

(FNNプライムオンライン11月23日掲載。元記事はこちら

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