高校生が被爆者と描く「原爆の絵」 広島G7サミットの来日要人に、あの日の凄惨さを感じてほしい【広島発】

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被爆者の高齢化が進み、その体験をいかに後世に受け継ぐかが課題となっている。核なき世界を願う被爆者が、あの日の記憶を高校生に伝え、高校生が絵に描く「原爆の絵」。2007年から始まった取り組みだが、今回新たな絵を完成させた高校生二人と被爆者を取材した。

下も燃えてる上からは何か落ちてくる

広島市の高校生二人が被爆者の証言をもとに描いた「原爆の絵」


11月に展示されたこの2枚の絵は、被爆者 早志百合子(はやし・ゆりこ)さん(86)と早志さんの家族が見た、あの日の光景。

二人が絵を描くきかっけは2020年11月に遡る。早志さんは広島市基町(もとまち)高校の益田彩可さん、平山由紀乃さんと爆心地からおよそ1.6キロにある広島市南区比治山町を訪れた。

2020年11月
2020年11月

被爆者・早志百合子さん(86)
B29が原爆を落とした後、まだ上空で旋回していた。また爆弾を落とされると思った。下も燃えてる、死体がある。上からは何か落ちてくる。B29からまた爆弾が落とされるかもしれないと比治山まで逃げた


早志さんは9歳の時、現在の比治山町の自宅で被爆。家族4人は奇跡的に生き残ったが、全員が原爆症に苦しみ、ガンや心臓病を患った。


早志百合子さん:
川に降りた人で、生きて這い上がれた人はおそらくいないと思う。そのまま死んでいって死体が川の幅いっぱいになって、お腹が太鼓のように膨らんで、みんな何も着ていない


平山さんと益田さんに何を描いてもらうか、悩む早志さんが訪れたのは原爆資料館。ここに母・政子さんが描いた絵が保管されている。

2020年11月 原爆資料館
2020年11月 原爆資料館

寝たきりの母 使命感で描いた

早志百合子さん:
私と弟が母に絵を描くよう勧めた。


早志さん:
見た光景を下手でもいいし、鉛筆でもいいから描いてと言った。原爆症で寝たきりだった時に、伏せたまま一生懸命描いていたのを覚えています


「死体の山」
「兵隊さんが投げ上げている」

早志さんの母、政子さんが病床で描いた絵
早志さんの母、政子さんが病床で描いた絵

「水をください。水を。水を」


「人間の黒焦げ、足はない」


「体中が腫れ、お腹が太鼓のよう」


母・政子さんの瞼の奥に焼き付いた『地獄の光景』。遺体の表情や燃え盛る炎の色を絵に表すことはできなかったという。

「8月6日午後3時頃 翌日はこの人々は全部死んでいた」と左に書かれている
「8月6日午後3時頃 翌日はこの人々は全部死んでいた」と左に書かれている

被爆者・早志百合子さん:
私は父のそばにいました。父がある人の口に水をふくませると小さい声で『ありがとう』と言って亡くなられた。今思ってもね、胸がいっぱいになります。

早志さんの母、政子さんが病床で描いた絵
早志さんの母、政子さんが病床で描いた絵

早志さん:
貨車がひっくり返り、ぼうぼう、ぼうぼう燃えていた。米俵があって、そこから米が流れて、その下には死体がいっぱいある


病に苦しむ母・政子さんを突き動かしたのは、原爆の悲惨さを後世に残すという使命感。
原爆と戦争を憎みながら74歳で亡くなった。

早志さんの母、政子さん
早志さんの母、政子さん

想像を絶する光景 どう描けばいいのか

2020年12月、平山さんは「京橋川に流れる死体」を、益田さんは「燃える貨車」を描くことにした。

基町高校 平山由紀乃さんと益田彩可さん
基町高校 平山由紀乃さんと益田彩可さん

2人は集めた資料を見ながら構図を練りますが、ディテールがわからず、なかなか先に進めない。
基町高校 平山由紀乃さん (2020年当時1年生):
映画『ひろしま』で、川で人が沈んでいくシーンはあったんですけど、白黒だったので、炎が水にどのように反射していたとか色が分からなくて


基町高校 益田彩可さん(2020年当時1年生):
どんな風に米俵が破れて米が出ているのかとかが分からないから、早志さんに聞いてみようと思います


想像を絶する光景をどう描けばいいのか。悩み、葛藤を抱えながら原爆の絵は描かれます。
何とか描き上げた下書きの絵を早志さんに見てもらいました。
被爆者・早志百合子さん:
貨車は本当は横倒しになっていたんですよ、ば~んとこう。倒れてその米俵も燃えているわけ。はみ出て、貨車から。これだと屋根だけ燃えているように見える。

益田さんの下絵
益田さんの下絵

ここの道路に死体がいっぱいあった。お腹が太鼓のように膨らんでいたと書いてあるでしょ。全部お腹が上を向いていたわけ。そこにガスが溜まっているから。人間の黒焦げだけど足が無かったり、はっきり描かなくていいけど、上に顔が向いているなと分かるようにして

平山さんの下絵
平山さんの下絵

早志さんは、あの日の光景を思い出しながら高校生に思いを伝える。


“説明しようのない炎の色”

新型コロナの影響もあり、絵はこの夏にようやく完成した。
被爆者・早志百合子さん:
お久しぶりです
基町高校 平山さん・益田さん
お元気ですか?
早志さん:
何か背が高くなった?

2022年11月 広島国際会議場
2022年11月 広島国際会議場

およそ2年ぶりの再会。高校1年生だった2人は3年生になっていた。
早志さん:
なんか感慨深いものがあるよね。今までの経過とか、描いてもらってる途中の色々な苦労とか知っているじゃない。感慨深い。ぐっときますね。


いくら私が話の中で、普通の炎の色じゃないと言っても、「じゃあどんなんか?」と言われても、私は説明のしようがなくて、よく表現できたと思う


早志さんの母、政子さんの絵
早志さんの母、政子さんの絵



早志さんの母、政子さんの絵
早志さんの母、政子さんの絵



基町高校3年・平山由紀乃さん:
平和について深く考えるいいきっかけになったので、すごくよかったと思います。大学ではアニメーションや映像関連に進みます。その特性を活かして原爆投下当時のことを作品にして日本や世界の人たちに伝えたい


基町高校3年・益田彩可さん:
絵を描くまでは過去の事、他人事にしか思っていなかったけど、早志さんと出会って今まで考えたことがなかったような深いところまで考える機会をいただいた。朗読で原爆の詩を読んだりとか、絵を描いたりとか、自分にできることで伝えていけたらいいなと思っています


被爆者・早志百合子さん(86):
母もあれを見たら良かったと喜んでくれると思います。寝たきりの時に鉛筆で描いた拙い絵が、このようになると思っていなかったと思う。自分が死んだあとも後世にこの『原爆の絵』を通じて、ささやかにでも伝えていけることができると感じて、喜んでくれていると思いたい。


早志さん:
2023年は広島でサミットがあるわけですから、広島に来られる人は原爆資料館や原爆の絵にふれるとともに、被爆者から話を聞いて、戦争がなぜいけないのかに思いを巡らせて、本気になって核兵器の廃絶に取り組んでいただきたいというのが、本当に心からの願いです


単に被爆証言を聞くだけでは伝わらなかった、あの日の凄惨な光景が、絵を描くことで、よりリアルに感じることができ、描いた高校生にとっては大事な経験となったようだ。
被爆者の高齢化で、その体験をいかに後世に伝えていくかが課題だが、描くことを通して被爆体験を後世に受け継ぐ試みがこの高校では2007年から続けられている。

(テレビ新広島)

(FNNプライムオンライン1月6日掲載。元記事はこちら

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