「数年前じゃ考えられなかった」 原発事故から初めてのふるさとでの“年越し” 復興に向けた家族の願い【福島発】

社会

2022年8月、一部の避難指示が解除された福島県双葉町。原発事故後、12年目で初めてふるさとで新年を迎えた家族は、これからもふるさとの復興への歩みを見守り続ける。

事故後ふるさとで初めて迎える年越し

2022年大晦日、双葉町でキャッチボールをする家族の姿があった。
「頑張って」「プロでも毎日やってるんだからこの練習」
大沼勇治さん(46)は、ふるさとで年を越そうと避難先の茨城県から帰って来た。

キャッチボールをする大沼さん一家
キャッチボールをする大沼さん一家

原発事故でふるさとは全町避難

2011年の原発事故後、全町避難を余儀なくされた双葉町。
大沼さんも親戚を頼り避難。震災当時、妊娠7ヵ月だった妻のせりなさんは、避難先の愛知県で長男の勇誠くんを出産した。

2011年・避難先の愛知県で
2011年・避難先の愛知県で

2012年2月当時・大沼勇治さん:これ小学校6年生の時に原子力を推進した標語を考案っていうことで、僕が考えた「原子力明るい未来のエネルギー」という言葉が、町の中で選ばれまして表彰された。今は無人のゴーストタウンになって、全然明るい未来じゃないですけどね。今は裏切られた形になったと…。僕たちは帰れるという希望を捨てたらそこで終わってしまうので、前向きに行かなければなと。

大沼さんが考案した標語
大沼さんが考案した標語

11年ぶりに復興拠点で避難指示解除

原発事故から11年余りを経て2022年8月、双葉町は復興拠点で避難指示が解除。
不動産業を営んでいた大沼さんもアパートをリフォームし、入居者の募集を再開させた。

大沼勇治さん:ここが4世帯全部灯が付くと、やっぱり人が帰ってきたんだなって実感できると思うので、頑張って満室にしたいです。


長男の勇誠くんと次男の勇勝くん。大沼さんは2人に双葉町の歩みを伝えたいと考えている。

大沼勇治さん:「人間の力こそ明るい未来のエネルギーになって欲しいなと思って、人の力で変えていく。あそこに双葉町の未来って書いている。双葉町の未来をつくっていくんだってことで」


ふるさとで大切な思い出を紡ぐ

大晦日の夜、ふるさとの自宅で過ごす大沼さん一家。

大沼勇治さん:記録っていうのは積み重ねていくと、家族で見ながら忘れないというか。

 

 

準備宿泊や避難指示の解除など節目ごとに双葉町へ帰り、家族と過ごしてきた大沼さん。この日も大切な思い出を写真に収める。

故郷での家族団らんを記念撮影
故郷での家族団らんを記念撮影

大沼勇治さん:お正月にここで家族とこうして暮らすって、数年前じゃ考えられなかったので、子供が小学校のうちにこうやって、小さいうちに思い出が作れたっていうことはよかったですね。いままで進まなかったことが、思いっきり階段を5段くらい上がったくらいの勢いで。避難指示解除ってことで、あらゆる可能性がこれから無限の可能性がうまれてくると思いました。これからどんな町になっていくのかなっていうのを、子どもたちと一緒にこれからも見続けていきたいと思います。

大沼勇治さん
大沼勇治さん

大沼さんが子どもの頃から参拝する地元の初發神社。家族の健康と幸せを願う。


大沼勇治さん:早く上がりそうだ。
大沼せりなさん:おーすごい。
大沼勇治さん:シルエットも良いね。

 

 

震災後初めて故郷で見る水平線から上ってくる初日の出。

故郷の海岸で見る初日の出
故郷の海岸で見る初日の出

大沼勇治さん:今年一年すごくいい年になるような気がします。色々これからお店ができて、商店街とかスーパーとか生活するのに便利になってほしいなと思います。(今年は)自分たちも双葉町にできるだけ足を運んで、たくさん思い出を作りたいと思います。


ふるさとの復興がまた1歩、進むように・・・大沼さんの願いだ。

(福島テレビ)

(FNNプライムオンライン1月7日掲載。元記事はこちら

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