若者が離反すれば北朝鮮の体制揺らぐ…K-POP“盗作”騒動が示す金正恩総書記の危機感

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「韓流は厳罰」のはずが、北朝鮮歌手がK-POP“盗作”?

核放棄を拒否し、核による先制攻撃も辞さない姿勢を示唆するなど、強硬姿勢で国際社会を威嚇し続ける北朝鮮。対内的には金正恩(キム・ジョンウン)総書記を偶像化し、愛国・忠誠教育を強化することで内部結束を図っている。

北朝鮮・金正恩総書記
北朝鮮・金正恩総書記

北朝鮮が最も警戒しているのは「韓流」をはじめとした資本主義文化の流入だ。2023年1月の最高人民会議(国会に相当)では、「非規範的な言語要素を排撃」するとする平壌文化語保護法が採択された。北朝鮮の若者を中心に広まっているとされる韓国風の話し方を規制する目的と見られている。北朝鮮では2020年末にも、韓国ドラマや音楽などを見たり、流布した場合、死刑を含めた厳罰に処すことを定めた「反動思想文化排撃法」が制定された。新たな立法措置は、北朝鮮が思想統制に手を焼いている証拠とも言えそうだ。

そんな中、北朝鮮の人気歌手に韓国の女性アイドルグループの歌を盗作したとの疑惑が持ち上がった。槍玉に挙げられたのは北朝鮮の女性歌手、チョン・ホンラン氏だ。

新年の祝賀公演で歌う歌手チョン・ホンラン氏(朝鮮中央テレビより)
新年の祝賀公演で歌う歌手チョン・ホンラン氏(朝鮮中央テレビより)

チョン氏は2022年7月にデビューした3人の新人歌手の一人で、これまでの北朝鮮歌手とは一味違う「現代風」のスタイルで注目を集めた。前髪を目元ギリギリまで降ろしたフルバングのボブは、北朝鮮の女性には珍しい。韓国のアイドル歌手の間で少し前に流行した髪型だという。

2022年9月の北朝鮮「建国」74周年記念公演ではパンツスーツでステージに登場、数人の女性ダンサーと共にダンスもこなした。彼女の歌が始まると若者たちが腕を振り、一緒に盛り上がるような映像が随所に挿入されるなど、若者向けの演出が目立つ。韓流を意識した新人歌手の登場として、韓国でも話題になった。

2022年9月の公演
2022年9月の公演

チョン・ホンラン氏の人気は急上昇し、2023年の新年公演でも大いにステージを沸かせた
チョン・ホンラン氏の人気は急上昇し、2023年の新年公演でも大いにステージを沸かせた

この時、歌った「私たちを羨め」という曲が、韓国の6人組女性アイドルグループ「GFRIEND(ジーフレンド)」が2017年に発売した「フィンガーチップ(FINGERTIP)」という曲に酷似していると指摘された。

韓国のアイドルグループGFRIEND(公式youtubeより)
韓国のアイドルグループGFRIEND(公式youtubeより)

確かに、聴き比べてみると、間奏部分がほぼ一致している。韓流を徹底的に取り締まっているはずの北朝鮮で、なぜこのようなことが起きるのか。公演は金総書記も観覧しており、演奏される曲目はすべて党の宣伝扇動部門による徹底的な検閲を経ていると考えられる。

つまり、北朝鮮当局が公認した“盗作”であることを意味する。

K-POPにはK-POPで対抗するしか…

「私たちを羨め」は新曲ではなく、1990年代に出た古い北朝鮮歌謡だという。今回、この曲がリメイクされ新たに編曲された際に、GFRIENDの曲のサビの部分が間奏として加えられた。この時、チョン・ホンラン氏とバックダンサーはリズムに合わせて軽快にダンスし、編集も画面を分割するなど、タッチを付けるような工夫を凝らしている。

KPOPの盗作が疑われた曲「私たちを羨め」の間奏部分
KPOPの盗作が疑われた曲「私たちを羨め」の間奏部分

K-POP風のノリのいい音楽に合わせて、会場の聴衆たちは光るグッズを振って応える。西側諸国のコンサートを思わせるこうした風景も、チョン・ホンラン氏の登場以降に、北朝鮮の公演会場で新たに見られるようになったものだ。

観客が光るグッズを持って歌に合わせる
観客が光るグッズを持って歌に合わせる

ただ、歌詞だけは体制の優位性を宣伝する昔ながらの北朝鮮歌謡と変わらない。

こんな内容だ。

♪世間よ羨め、私たちを羨め
 愛が人生の幸せなら
 その幸せを享受しながら私たちは生きる
 元帥様(金正恩総書記)の愛に祝福を受けた
 人民の幸せ 限りがない

2022年9月、公演を観覧する金正恩総書記と妻の李雪主氏
2022年9月、公演を観覧する金正恩総書記と妻の李雪主氏

金総書記はこれまでも度々、音楽を統治に利用してきた。政権発足直後の2012年7月には、ミニスカート姿で歌と演奏を披露する女性グループ「牡丹峰(モランボン)楽団」を立ち上げた。初公演ではアメリカ映画ロッキーのテーマ曲が演奏され、ミッキーマウスなどの着ぐるみがステージに登場し、若き指導者の登場を世界に印象付けた。

2018年の平昌(ピョンチャン)での冬季オリンピックには「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」を韓国に派遣し、南北融和のムードを演出した。米朝協議が決裂すると、国務委員会演奏団や歌手のキム・オクチュ氏らを前面に出し、国威発揚を鼓舞して内部結束を図った。同時にミュージックビデオの制作など韓流を意識した音楽の制作に着手した。チョン・ホンラン氏ら新人歌手の登場は、北朝鮮の音楽をより一層「韓流化」し、若い世代を取り込むための一環と見られる。

金総書記が恐れる若者の離反

北朝鮮は冷戦の終焉に伴う社会主義陣営の崩壊を受けて、世論の離反による政治変動を強く警戒するようになった。

金総書記の父・金正日(キム・ジョンイル)氏は当時、「大衆の支持と信頼を失い、大衆の支持を受けることができない党は自らの体制を維持できない」と危機感をあらわにしていた。

金正恩総書記が後継者に内定した直後にも、中東のジャスミン革命など若者を中心とした体制変革の動きがあり、政権を維持する上で「世論」が意識されるようになった。特に若者は最も外部の影響を受けやすく動揺しやすいため、若者世代への思想教育が重視されることになったのである。


金総書記も青年層の間に非社会主義的な風潮が広まっていることに度々、強い危機感を示している。

「反動的な思想文化の浸透と心理謀略戦は、今日の敵が侵略策動で使っている基本手法であり、ここで主な対象は青年たちだ」

「今の青年世代は国が試練を経ていた苦難の時期に生まれ育ったため、朝鮮式社会主義の真の優越性に対する実際の体験やイメージに欠けており、はなはだしくは一部間違った認識まで持っている」

北朝鮮の体制の優位性を宣伝するために、韓国のやり方をまねざるを得ないのは皮肉以外の何物でもない。だが、若者たちの心をつなぎ留めるためには、なりふり構っていられないというのが本音だろう。

核ミサイルで国際社会を威嚇しても、人心が離れれば体制が揺らぐ。そのことを一番危惧しているのは、金総書記かも知れない。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

(FNNプライムオンライン1月21日掲載。元記事はこちら

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