姫路城の元になったとされる豊橋公園内の「吉田城」 戦国時代に作られた“野面積み”の石垣が現存

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愛知県の南東部、静岡県と境を接する豊橋市は、東三河地方における経済・交通の中心都市。豊橋市の歴史を語る上で欠かせないのが、豊橋公園にある吉田城だ。

当時の姿そのままに…川に守られた天然の要害


姫路城の元になった城だとされているが、大きさは小ぶり。

観光ボランティアの男性:
これは鉄櫓(くろがねやぐら)という櫓で、防御や物見のための建物です


本丸の石垣の4隅に櫓があり、櫓も石垣も堀から内側がすべて城。観光ボランティアの男性によると、その中心的な建物が鉄櫓で天守の役割をしていたのではないかという。


観光ボランティアの男性:
この城は池田輝政が10年かけて整備をした。天守を築く前に姫路城へ行ったので、もっと長くいれば姫路城みたいな立派な城のなったのかもしれないですね


鉄櫓は昭和29年(1954年)に再建されたものだが、石垣は戦国時代の野面積み(のづらづみ)のもので、12メートル80センチあるという。土の中にも2メートル近く入っていることが分かっていて、高さとしては15メートル近い。


天守の代わりをしていた鉄櫓からは目の前に豊川(一級河川)が見えて、本宮山(別名:三河富士)をはじめとした三河の山々の連なりが見える。


観光ボランティアの男性:
川の構造がよく分かるんですけど、一級河川だけど江戸時代のままの状態で、城を防御する。堤防が築かれていなくて遊水地がそのまま残っている。そういう点でも非常に稀。そして気持ちいい山も見える。城が好きじゃなくても、この風景が好きだという人もいます

2022年11月15日放送
(東海テレビ)

(FNNプライムオンライン1月22日掲載。元記事はこちら

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