香港の区議会選挙が示す「一国二制度のクライシス」

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香港がまた世界を驚かせた。香港の区議会選挙が24日に行われ、25日午前中に判明した開票結果によれば、民主派は、全452議席のうち86%に当たる389議席を獲得し、圧倒的な勝利を収めた。親中派は改選前の289議席から59議席にまで減らした。「歴史的」「津波」などと現地でも称されたこの選挙結果は、1997年以来、22年間にわたって香港の統治モデルなってきた「一国二制度」がクライシスに直面していることを示している。

民意を測定する「住民投票」

香港の区議会議員は専任職で、毎月一定の報酬を受け取るが、あくまで香港政府に対する地域の諮問機関的な役割を果たすもので、条例を制定できる東京の区議会のように立法権を持つわけではない。もともとは1997年以前の英国統治時代に、香港人に参政権を付与しない代わりに、民意をくみ取る仕組みを導入する中で生まれた制度であり、香港が中国に返還された97年以降も引き継がれた。

ただ、今回の区議会選挙がここまで重要になったのは、6月に始まった逃亡犯条例改正への反対運動から、区議選直前に起きた香港理工大学でのデモ隊立てこもり事件まで、ほとんど毎週のように、大型の抗議運動が繰り返されてきている中で、客観的な民意の反応を知るための絶好の機会と目されたところにあった。

香港の親中派や香港政府は、警察と衝突する若者たちは「一部の暴徒」であり、多数の市民は経済や生活への悪影響に嫌気が差していると主張してきた。香港では、メディアによる世論調査は行われてはいるが、メディア自体も民主派と親中派ではっきりと色分けされている。このため、誰もが信じられる客観的な民意の測定は難しいのが実情だ。

この中で、反対運動が始まってちょうど半年に近づいたところで実施された区議会選挙は、香港の選挙では唯一、一人一票の投票が行われる機会であり、まさに民意を測定する「事実上の住民投票」の意味を持つに至ったのである。

「投票によって北京にノーを言う」結果

その結果は、議席数においては民主派が圧倒的な勝利を得た形になり、香港メディアでは「津波式勝利」「歴史的結果」などの見出しが躍った。一方、得票率については、民主派6割対親中派4割となっており、そこまでの差はついていない。従来、香港では民主派対親中派の力関係は「民主派6に対して、親中派4」と言われてきた。小選挙区制のため、議席数の獲得では大きな差がついたが、中国や親中派の識者の中には「民主派と親中派の勢力図は変わっていない」と主張する向きもある。

今回の区議会選挙の結果を大きく動かしたのは、ひとえに投票率の高さによるものだ。従来の投票率は5割を切っているのが普通だったが、今回は70%を超えた。過去の区議会選挙では、組織力による支持者の動員に長(た)けた親中派が勝ちやすかったが、今回は、潜在的な民主派の支持層が一気に投票に動いたため、まさに「投票によって北京にノーを言う」(香港メディア)結果として現れたと言うことができる。

区議会自体の権限は大きくはないが、一方で、香港のトップである行政長官を選ぶ選挙において投票権を有する1200人の選挙人のうち、117人が区議会議員に割り当てられている。このほとんどが民主派によって占められることになりそうだ。現在は340人程度とされる民主派が450人に達する計算になる。過半数にはまだまだ遠いが、行政長官選挙の動向を十分に左右できる勢力となる。中国政府にとって、民主派が行政長官に就くことは絶対に認められないもので、この問題の政治的重要性は侮れない。

香港の区議会選挙で民主派の勝利を喜ぶ支持者ら=2019年11月25日(AP/アフロ)
香港の区議会選挙で民主派の勝利を喜ぶ支持者ら=2019年11月25日(AFP/アフロ)

「親中派による間接統治」が揺らぐ事態も

香港の民主派がかねて求め、今回の反対運動の五大要求の中に入っている「普通選挙」とは、行政長官を一人一票で選ぶことだ。香港の立法会には行政長官の罷免権や選出権がないため、香港で行政長官は圧倒的に強い権力を有している。同時に、行政長官は香港の社会と中国の北京政府をつなぐパイプにもなっている。行政長官の選挙人は立法会議員にも割り当てられるため、今回の区議会選挙の余勢を駆って2020年秋に予定される立法会選挙で民主派は勢力伸長を目指すだろう。

また、これだけ明確な選挙結果が出ながら、香港政府が一切民主派の要求に応えないということになれば、「民意」をまるで無視したということで、統治の正統性が失われてしまう。五大要求のうち、警察の暴力などを検証する「独立調査委員会」の設置に応じるかどうかが、香港政府の歩み寄りを示す当面の試金石になってくるだろう。それでデモが沈静化するかどうかは分からないが、独立調査委員会ができれば警察の暴力だけでなく、五大要求のもう一つの要求である逮捕者の釈放も検討課題に入ってくる。

中国政府は香港政府にさらなるデモ隊の取り締まりを求め、暴動罪を適用するなど、厳罰化によってデモ隊の存在基盤をつぶそうとしている。

しかし、香港社会は、香港政府や警察、そしてその背後にいる北京の中央政府を極めて厳しく見ていることが、今回の選挙でも浮き彫りとなった。選挙で大量の議席を失って惨敗した香港の親中派の動揺は特に大きい。240人もの議員ポストを失い、いま親中派の生存基盤自体が揺るがされている。来年の立法会選挙に向けて、親中派から民主派に軸足を移すようなケースが現れないとも限らない。そうなると、親中派の香港人による間接統治という中国政府が設計した一国二制度の支配モデルが揺らいでしまう事態になる。

一国二制度の危機的状況を、今回の区議会選挙は改めて世界と北京にはっきりと示した。この選挙結果を無視しても、あるいは受け入れても、これまでの一国二制度のままでは立ちいかなくなる可能性がある。中国は極めて難しい選択を突きつけられたと言える。区議選で情勢がさらに複雑化する側面は否定できない。しかし逆に言うと、北京の中央政府や香港政府が歩み寄り、民主派との和解に導く最後のチャンスになるかもしれない。

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