新型肺炎:無症状者が広げるウイルス感染-封じ込めは困難か

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新型コロナウイルスによる感染がさらに拡大している。今回の新型肺炎は、発熱などがない「無症状感染者」が相次いで見つかっており、感染者をすべて特定することができない。「中国の感染者は10万人」などの推計データも発表されている。WHO(世界保健機関)で感染症対策を担当した東北大学の押谷仁教授(ウイルス学)に、現状分析と国内対策を聞いた。

心配な日本国内の感染拡大

新型コロナウイルスに感染した香港の80代男性が1月下旬に乗っていた日本発着のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」(乗船者3711人)では、2月7日までに61人の感染者が確認された。国内で確認された感染者は合計86人。中国では、感染者が3万人の大台を超えて3万1161人、死者が636人となった(2月7日現在)。

また、7日には感染震源地となった中国湖北省の武漢市から、在留邦人や中国籍の配偶者ら約200人を乗せた、政府チャーター機第4便が到着。一方で、太平洋の一部の国で日本への出入国を制限する動きが広がっている。

中国が発生源となって2003年に大流行し、世界で8000人を超える感染者と、死者774人を出したSARS(重症急性呼吸器症候群)の際に、WHO担当者としてその収束に当たった押谷教授は、日本国内での感染拡大を警戒している。

封じ込めから「被害軽減」対策へのシフトが必要

SARSの場合は、感染者のほとんどが重症化して肺炎を発症したため、感染者を見つけることは難しくなかった。しかし、今回の新型は発熱、せきなどがない「無症状感染者」も少なくないので、すべての感染者を見つけることができない。無症状感染者は普通に外出しているので、ここから感染が広がってしまう。

押谷仁・東北大学教授(同大学ウェブサイトより)
押谷仁・東北大学教授(同大学ウェブサイトより)

「このウイルスは、おそらく封じ込めをすることが非常に困難なウイルスです。いつまでも封じ込めを目指した対応をしていると、対策の方向性を誤ってしまう。封じ込めから被害軽減(mitigation)に対策の目的をシフトすべきです」と押谷教授は指摘する。今回のウイルスは潜伏期間にも感染性があるとみられ、発症者を早期に隔離しても、その前に他の人に感染させている可能性があるからだ。

「中国の感染者は10万人」との推計も

無症状感染者がいる中、本当の感染者数はどのくらいか。香港大の研究チームは英医学誌で「武漢市の感染者は1月25日の時点で最大7万5800人に上っている可能性がある」と発表している。また、北海道大の西浦博教授は2月4日、中国や世界での患者報告や武漢からチャーター機で帰国した日本人のデータなどから、「現時点で中国の感染者は10万人に上る」との推計を明らかにした。

押谷教授は「中国全体ではもっと多くの感染者が出ている可能性も十分考えられる」と厳しい見方をしている。中国はSARSの時の体験も元に対策を取っていると見られるが、今回の無症状感染者がいる実情に合わなくなっているのだ。「もはや中国の国内問題ではなく、世界の脅威だから、中国を孤立させることなく、国際社会が協力して対策に当たるべき事態になっている」と押谷教授。

中国・武漢市内の展示施設を改造した臨時病院に入院する新型コロナウイルスの感染者と防護服を着た医療関係者=2020年2月5日(Chinatopix/AP/アフロ)
中国・武漢市内の展示施設を改造した臨時病院に入院する新型コロナウイルスの感染者と防護服を着た医療関係者=2020年2月5日(Chinatopix/AP/アフロ)

日本でも感染連鎖が起きている可能性

日本では今、集団感染が確認された大型豪華客船で、3000人を超える乗船者が横浜港で検疫中の船内にとどまり、潜伏期間が終わるまで上陸を見合わせている。

押谷教授は「こういう事態が起きたということは、日本国内で感染拡大がすでに起きていることを強く示唆するもので、国内で感染が広がるという前提で対策を真剣に議論しないといけないフェーズに入っている」と説く。大型客船内での大量感染の背景には、目に見えないだけで日本でも感染連鎖が起きている可能性がかなりある、というのだ。

「検疫というような考えは19世紀の考え方。中国からみんなが船で2週間かけて日本にやってくるのであれば、こういった対策も有効である可能性があるが、今はそういう時代ではない」と水際対策の見直しも指摘している。

「今後、アジアやアフリカの医療体制が弱い国々に、このウイルスが広がっていくと、より大きな被害が起きる可能性がある。これらの国々をどう支援するのか」と、押谷教授は心配している。7月からの東京五輪・パラリンピックで世界の人々を迎え入れる前に、日本はあまりにも大きな課題を抱えてしまった。

バナー写真:クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客を乗せたとみられる救急車=2020年2月7日、横浜・大黒ふ頭(時事)

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