アングル:過剰債務で経済停滞リスク、事業転換に課題 遠のく生産性向上

コロナ禍で政府が実施した実質無利子・無担保融資などの債務返済が、業績が回復していない中小企業の重しとなっている。写真は2013年2月撮影(2021年 ロイター/Shohei Miyano)
コロナ禍で政府が実施した実質無利子・無担保融資などの債務返済が、業績が回復していない中小企業の重しとなっている。写真は2013年2月撮影(2021年 ロイター/Shohei Miyano)

金子かおり

[東京 8日 ロイター] - コロナ禍で政府が実施した実質無利子・無担保融資などの債務返済が、業績が回復していない中小企業の重しとなっている。企業の中にはコロナ後を見据え、事業再構築補助金などを使って事業転換を図る動きもあるが、飲食・宿泊サービス業などは手元資金に余裕がなく、本格的な事業再構築は難しいとの見方がある。債務負担の重さで、企業の前向きな投資余力が奪われれば、成長の足かせとなり、生産性が向上しないリスクを抱える。

    <債務返済に7─8年、停滞リスク抱えた日本経済>

    政府によると、コロナで打撃を受けた企業を対象とする実質無利子・無担保融資などの融資決定額は5月末時点で50兆円を超える。民間金融機関の受付は3月に終了したが、政府系金融機関の申請期限は6月末から今年末まで延長された。   

    実質無利子・無担保融資を受けた中小企業や個人事業者のうち、元本返済の据え置き期間を1年以内に設けているのは、日本政策金融公庫で6割超、民間の金融機関で6割弱を占める。返済を開始する時期を迎え、債務負担の重さから、支払い猶予が適用される事例も出てきている。

    日本総研の西岡慎一・上席主任研究員によると、感染症が拡大する前から過剰債務を抱えていた非製造業は債務調整のスピードが遅く、債務の額がコロナ前の水準に戻るには7-8年を要する可能性があるという。 

    「企業の債務返済が優先されると、前向きな投資が後回しになり、デジタル化や環境対応、省力化投資が進まない懸念がある」と同氏は語る。コロナ前から業績が良くなかった企業が、政府の支援策で生き残ると、「不採算な企業が政府の支援策で温存され、今後、経済を停滞させる可能性がある」と指摘する。

    オックスフォード・エコノミクス在日代表の長井滋人氏は「債務が多い企業は利益率が低く、生み出す付加価値も低い。そういった企業が多く残ると日本の生産性は低迷したままになってしまう」と警鐘を鳴らす。

    東京商工リサーチ常務取締役情報本部長の友田信男氏は、実質無利子・無担保融資が「一時的に倒産の抑制や企業の資金繰り緩和に寄与しているのは間違いないが、一方で業績が低迷する中、借り入れは確実に増えた」と指摘する。コロナ禍の中、政府の支援策で存続している企業は「会社の体制を改善しないと、これから生き残るのはかなり厳しくなってくる」との見解だ。

    <コロナ後を見据え事業転換も>

    こうした中、政府は、中小・中堅企業などを対象に新分野への展開を支援する事業再構築補助金の制度を設けている。従業員数や売上減少額、事業計画などにより最大1億円の補助を行う。今年の春から公募を開始、これまで1万7000件以上の事業が採択されている。

    自動車用部品を製造する武州工業株式会社(東京都)は、この制度を活用し半導体製造用装置の分野に参入する。 同社の売り上げは、自動車用部品と医療機器関連が主だが、自動車は現地調達・現地生産が進み、医療分野の売り上げもコロナ禍で伸び悩んでいるため、半導体分野を柱の1つに加えたい考えだ。

    「去年6月時点での売り上げはコロナ前と比較すると7割減だったが、今は2割減程度。まだ100%は戻っていない状態」と林英夫会長は語る。「半導体の分野は成長が期待できるので、自動車部品の仕事があるうちに参入しようと決断した」と話す。

この他にも、 ガソリン車部品の分野からEV市場に参入する企業や、飲食店がデリバリーやテイクアウト、通信販売などを展開するといった例がある。

     <生産性、主要国で最下位>

企業の競争戦略やビジネスモデルが専門の早稲田大学ビジネススクール・山田英夫教授は「本業が健全な時に、新しい分野に取り組む方が余裕をもって転換できる」と指摘する。

ただ、東京商工リサーチの友田氏は「過剰債務の解消には相当な時間がかかる。国が事業再構築の制度を設けたことは意味があるが、今の段階では比較的手元資金に余裕のある企業しか動きがとれない」と語る。

「抜本的に事業を再構築するには、資金面、転換にむけた助言や情報提供などの対策も必要」という。

東京商工リサーチが8月上旬に行った債務の過剰感に関する調査によると、「コロナ前から過剰感」および「コロナ後に過剰感」と回答した企業は32.9%に上り、今年4月の調査開始以来、最悪となった。コロナ禍で債務負担が膨らんだ企業は、事業転換にも踏み切れず、生産性向上の機会は遠のく。

    日本経済の日本生産性本部によると、 2019年の日本の1時間当たりの労働生産性は47.9ドルで、経済協力開発機構(OECD)加盟37カ国中21位だった。主要7カ国でみるとデータが取得可能な1970年以降、最下位の状況が続いている。

(金子かおり 編集:石田仁志)

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