焦点:米国債の「絶対安全性」に暗雲、債務上限やユーロ建て債拡大で

10月13日、米国債がこれまで確立してきた「絶対的に安全な資産」としての地位が揺らぎ始める恐れが出てきた。写真は各国紙幣。2016年1月撮影(2021年 ロイター/Jason Lee)
10月13日、米国債がこれまで確立してきた「絶対的に安全な資産」としての地位が揺らぎ始める恐れが出てきた。写真は各国紙幣。2016年1月撮影(2021年 ロイター/Jason Lee)

[ロンドン 13日 ロイター] - 米国債がこれまで確立してきた「絶対的に安全な資産」としての地位が揺らぎ始める恐れが出てきた。米債務上限を巡る果てしない政治対立でダメージを受けている上に、環境債(グリーンボンド)などの分野でユーロ建て債の発行が一段と優勢になっているためだ。

22兆ドル規模の米国債市場は国際金融システムの根幹に位置し、その厚みと流動性は他の追随を許さない。従来はデフォルト(債務不履行)があり得ない究極の安全資産とみなされ、ドルが世界第1位の基軸通貨となる構図を支えてきた。

しかし、米国のデフォルトは、それがごく短期的で定義上だけの事象であるにしても、もはや現実化しないとは言い切れず、米国債は安全だというイメージを損ないかねない、とアナリストや投資家は声をそろえる。

背景には、米国の連邦政府債務残高が上限に何度も到達するとともに、党派色を強める議会で単に上限引き上げを採決するだけの話が、延々と続く危機に転じる様相が濃くなっているという事情がある。

今年10月のデフォルト発生は回避されたものの、12月初めまでにより長期的な対策が必要になるため、事態が再び暗礁に乗り上げる公算が大きい。

もちろん、ドルが今にも基軸通貨の立場を失うと言うつもりはない。基軸通貨の地位の変動は何十年もかけて起きるものであり、国際金融資本市場の取引は引き続きドルに基づいて行われている。

それでも米国債はライバルたち、特にユーロ建て債にある程度、シェアを譲る流れになっているかもしれない。米国の政治家が債務上限を党利党略の武器として使うことに対し、投資家も企業も米国債に及ぼす悪影響を警告している。

ピクテ・ウエルス・マネジメントのシニアエコノミスト、トーマス・コスターグ氏は「この騒動が発生すればいつも、米国債に対する国際金融社会の信頼がじわじわと損なわれている。債務上限問題が政治化されるたびに、米国が浮力を失っていないとは断言できない」と述べた。

ブルッキングス研究所が最近公表した論文では、米国債の安全資産としての特別性が多少なくなっただけでも、米国の納税者に相当な負担がのしかかると指摘されている。

同論文の試算によると、米国債が比類ない立場にいるおかげで、他の主要ソブリン発行体と比べ、政府の借り入れコストは平均25ベーシスポイント(bp)低く、これは今年の利払い費を約600億ドル、向こう10年間で7000億ドル強も節約する効果があるという。

<危機でも買われず>

国際通貨基金(IMF)のデータでは、中央銀行が保有する外貨準備に占めるドルの割合は、昨年末で59%と25年ぶりの低さを記録。足元もその付近で推移している。国際金融協会(IIF)の調査からは、昨年を通じて投資家が米国債を売り、日本国債とドイツ国債を買ったことが分かる。

その1つの理由は、新型コロナウイルスのパンデミックで新興国中銀が米国債売却を迫られたことだった。ただ、IIFのチーフエコノミスト、ロビン・ブルックス氏は、昨年3月に金融市場が大きく動揺した際、米国債が本来の安全資産としての役割を果たしていなかった点も指摘する。

ブルックス氏は「米国債が安全資産であるとされるなら、大事なのは市場環境が厳しくなってリスク許容度が下がった時に資金が流れ込むことだが、昨年はそうならず、ドイツ国債への資金流入が目立った」と話した。

<ESG債はユーロが圧倒>

世界の外貨準備シェアでユーロは第5位に過ぎないが、これは「安全な」資産の規模が少ないという要因が制約となっている面がある。トリプルA格付けのドイツ国債の発行残高は1兆6000億ユーロ(1兆9000億ドル)と、20兆ドルを超える米国債の足元にも及ばない。

他方、米国政治が分断化するのと対照的に、欧州は新型コロナ危機を通じて団結し、8000億ユーロ規模の復興基金も創設。ユーロ解体リスクを払しょくしただけでなく、トリプルA格のユーロ建て資産は今後増えることになる。

ユニオン・インベストメンツの債券・外為最高投資責任者クリスチャン・コップ氏は、韓国を中心とするアジアの顧客からのユーロ建て資産に対する需要の大きさには驚いていると打ち明け、ユーロ建て債はダブルAマイナス以上という条件なら、供給量は4兆ユーロを上回ると説明した。

この先、より大きな強みとなるかもしれないのは、気候変動対策を含めた環境・社会・企業統治(ESG)に寄与するという条件にかなう債券の分野で、ユーロ建てが支配的な点だ。

DZバンクの持続可能債・ファイナンス責任者、マルクス・プラッチェ氏によると、昨年に新規発行された環境債の約半分はユーロ建てで、ドル建ては28%にとどまった。

ESG関連債に対する引き合いの強さは、欧州連合(EU)が今週発行した120億ユーロの環境債に1350億ユーロもの応募が集まってことからも確かめられた。米財務省はまだ、環境債を発行していない。

モルガン・スタンレーとIIFが2019年に実施した調査は、各国中銀がESG関連債投資を積極化していることも示している。日本政府は先週、外為特別会計の資産運用においてESG分野を考慮に入れる方針を打ち出した。

プラッチェ氏は「持続可能債市場ではユーロがこれからも最も需要の大きい通貨になり、その国際的役割は一層強化されるだろう」とみている。

(Dhara Ranasinghe記者)

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