アングル:インフレ復活に安堵の主要中銀、スタグフレーションは杞憂か

10月13日、  やったぞ、インフレが戻ってきた。手放しでは喜べないとしても、ほっとして良いのではないか。写真はトルコ・アンカラの両替所で9月撮影(2021年 ロイター/Cagla Gurdogan)
10月13日、 やったぞ、インフレが戻ってきた。手放しでは喜べないとしても、ほっとして良いのではないか。写真はトルコ・アンカラの両替所で9月撮影(2021年 ロイター/Cagla Gurdogan)

[フランクフルト 13日 ロイター] - やったぞ、インフレが戻ってきた。手放しでは喜べないとしても、ほっとして良いのではないか─。主要中央銀行の心中はこんなところだ。景気は順調に回復し、物価は緩やかに上昇するが暴走はしないという「スイートスポット」に当たったと期待しているのだ。

中銀は近年この目標に至るため、莫大な財政政策を背景に、前例のない金融政策を打ち出してきた。実際、目標に届かなければ、現代の中央銀行史における最大の実験は失敗だったことになる。

1990年代以降、物価上昇を試みては失敗してきた日本だけが、いまだに物価低迷の中にある。

他の主要国は物価圧力が高まり、これまで手の届かなかった超緩和的金融政策の解除が視野に入った。世界金融危機の際、表舞台に引っ張り出された中銀は、ようやく身を引くことができるかもしれない。

もちろん、今のインフレにリスクがないわけではない。しかし1970年代のスタグフレーション(高インフレ・高失業・低成長)の再来は杞憂に終わりそうだ。

一見すると、足元のインフレは確かに問題があるように思える。物価上昇率は米国で5%を超え、ユーロ圏で間もなく4%に達しそうだ。いずれも政策目標を大幅に上回り、この10年以上なかった水準だ。

しかし金融政策当局者の多くは、パンデミックからの不安定な経済再開に起因する一時的な物価上昇だと見ている。こうした見立てを覆す確たる証拠はまだ出ていない。

欧州中央銀行(ECB)のシュナーベル専務理事は、今のインフレ率急上昇を「くしゃみ」に例えた。パンデミックとその後の景気回復によって巻き起こった「ほこり」に反応しているというのだ。

中銀は過去10年間の大半を、インフレを下げるのではなく上げることに費やしてきた。「くしゃみ」の後でインフレ率が過去より高い水準に落ち着くのであれば、中銀にとって喜ぶべきことだ。

中銀の当局者6人以上を取材したところ、物価上昇圧力がようやく高まり、長年タブーだった金融政策正常化が再び議論の俎上に上るようになったことに安堵している様子がうかがわれた。

ある当局者は匿名を条件に、「インフレは今上がらなければ、もう上がることはない」と述べた。「完璧な状態だ。こうした状態を目指してきたのだ」

中銀は既に反応し始めている。ノルウェー、韓国、ハンガリーなどの中銀は利上げを行い、米連邦準備理事会(FRB)とイングランド銀行(英中央銀行)は近く行動を起こすことを明確にした。

過去10年間、物価目標を達成できないままだった欧州中央銀行(ECB)ですら、コロナ禍中に導入した緩和策を縮小する準備に入り、市場は2022年末から23年初頭の利上げを織り込み始めた。

<70年代との相違>

インフレを引き起こしている基本的な要因を考えると、スタグフレーションが起きる可能性は低そうだ。

インフレの前提条件となる賃金の上昇は、欧州では依然として低い水準にあり、米国では伸びがインフレ率を下回っている。企業が一過性の物価上昇にフル対応し、労働者の賃金引き上げを計画している様子は見当たらない。

この数年で弱体化した労組は、経営者に余暇や雇用の安定なども求めており、賃金は要求項目の1つでしかない。従って、70年代に賃金上昇率とインフレ率を2桁台に押し上げたような交渉力を発揮することはなさそうだ。

エネルギー価格高騰の影響も、過去に比べて緩やかなものになるだろう。支出全体に占めるエネルギーの比率はこの数十年で低下している。

INGのエコノミスト、カーステン・ブルゼスキ氏は、経済は個人消費と工業生産の両方でエネルギーへの依存度が大幅に下がったと指摘。「エネルギー価格の上昇は、生産者、消費者、中銀のいずれにとっても歓迎すべきことではないが、70年代のような経済への影響力はない」と述べた。

中銀自体もまったく慢心していない。多くの中銀が独立性を与えられたのは、他でもない70年型のインフレを防ぐためであり、物価上昇に歯止めが効かなくなる危険性への警戒を怠ってはいない。

ビルロワドガロー仏中銀総裁は12日、「のぼせ上がらずに警戒すべきだ」と述べた。

<次の心配事は債務か>

問題が生じるのは、「一過性」のインフレが長引きすぎて企業が賃金と価格の両方を調整し始める場合だ。そうなると、一時的ショックが物価に根付いてしまう。

ただ、残念なことに、どのくらいの期間なら「長すぎる」のかを判断する魔法の公式はない。

実は、今後本当に心配になってくるのは別の問題かもしれない。債務だ。

各国政府はコロナ禍から脱却するために巨額の借り入れを行ったが、この債務が管理できているのは中銀の金融緩和策のおかげだ。

債務の対国内総生産(GDP)比は米国が約133%、ユーロ圏が約100%と、いずれも10年余り前の70%台半ばから上昇。日本にいたっては250%を超えている。

スロバキア中銀のカジミール総裁は「われわれは今のところ財務相にとって最良の友人だが、それが永遠に続くわけではない」と述べた。

(Balazs Koranyi記者)

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