昭和天皇、戦争責任で苦悩=晩年の姿、元侍従が日記に

社会

昭和天皇が85歳だった1987年4月、太平洋戦争の責任をめぐり苦悩する姿を、元侍従の小林忍氏(故人)が日記に書き残していたことが23日分かった。昭和天皇の発言として「仕事を楽にして細く長く生きても仕方がない。辛いことをみたりきいたりすることが多くなるばかり。兄弟など近親者の不幸にあい、戦争責任のことをいわれる」と記されていた。

小林氏は人事院出身で、74年4月に昭和天皇の侍従に就任。89年1月の昭和天皇逝去後も香淳皇后に仕え、2001年6月に皇太后宮職御用掛で退任した。06年7月に83歳で死去した。

日記は74年から香淳皇后が逝去した00年まで27冊あり、家族が保管。共同通信を通じて、23日公開した。85歳だった昭和天皇が戦争責任を気に掛けていたとの内容は87年4月7日の欄に「昨夕のこと」として記述。当時、宮内庁は昭和天皇の負担軽減を検討しており、同年2月には弟の高松宮が逝去した。

これに対し、小林氏は「戦争責任はごく一部の者がいうだけで国民の大多数はそうではない。戦後の復興から今日の発展をみれば、もう過去の歴史の一こまにすぎない。お気になさることはない」と述べたと記している。

75年11月24日の欄には、同22日の侍従長の話として、「訪米、帰国後の記者会見等に対する世評を大変お気になさっており、自信を失っておられる」と記述。訪米後の75年10月の記者会見で原爆投下や戦争責任についての発言が波紋を呼んでいた。「お上の素朴な御行動が反(かえ)ってアメリカの世論を驚異的にもりあげたことなど申しあげ、自信をもって行動なさるべきことを申し上げたところ、涙をお流しになっておききになっていた」と記している。

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