鶴澤寛治さん死去=文楽三味線の人間国宝、89歳

社会 文化

人形浄瑠璃文楽三味線方の第一人者で人間国宝の鶴澤寛治(つるざわ・かんじ、本名白井康夫=しらい・やすお)さんが5日午前4時30分、奈良県生駒市の病院で死去した。89歳だった。京都市出身。葬儀は7日午前11時から大阪市西区江戸堀1の10の31の金光教玉水記念館で。喪主は妻白井香衣(しらい・よしい)さん。

1943年に父の鶴澤寛治郎(後の六代目鶴澤寛治)門下で寛子を名乗り初舞台。56年に八代目竹澤団六襲名。94年から三味線格(三味線の最高位)。97年人間国宝。2001年に七代目鶴澤寛治を襲名した。

時代物から世話物まで幅広くこなし、人物の心情や情景に合わせた表現力豊かな艶のある演奏で知られた。後年は今年4月に死去した太夫(語り手)で文化勲章受章者の竹本住太夫さんとの舞台が好評を博した。

孫の鶴澤寛太郎さんも文楽三味線方として活躍している。

[Copyright The Jiji Press, Ltd.]

時事通信ニュース 芸能 訃報 京都市