金融危機が変えた生き方=異業種・分野へ転身-リーマン・ショック10年

経済・ビジネス

2008年9月15日の米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻に端を発した金融危機は、人々の生き方を変えた。元社員は兵庫県で起業家支援に、霞が関を飛び出した元官僚はリーダー育成に心血を注ぐ。就職難に直面した学生は歩む道を見直した。リーマン・ショックが転機となった人々の10年を追った。

◇人が消えていくオフィス

「仕事は楽しかった。破綻がなければ、長く勤めていたと思う」。リーマンの日本法人に勤務していた真鍋邦大さん(40)はこう振り返る。大学院を修了後「たくさん稼げる仕事で早く一人前になりたい」と思い、外資系証券の門をたたいた。

担当は、金融機関に日本国債を売る仕事。早朝から深夜まで働くこともあったが、忙しくも活気にあふれた職場が好きだった。さまざまな金融サービスを組み合わせて提案し、契約を獲得したときの喜びはひとしおだった。

入社3~4年目に破綻の引き金となった低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローン問題が米国で起き、リストラが始まった。朝一緒に仕事をした同僚が上司に呼び出され、そのまま解雇。情報漏えいを防ぐため、自席に戻ることも許されず、同僚の机は新品のように片付けられた。

何かが爆発したように人が消え、オフィスの席が歯抜けになっていった。解雇される恐怖を感じながら、目の前の仕事をこなすことしかできなかった。破綻当日は朝から営業先などからの電話が鳴りやまなかった。リーマンを買収した野村ホールディングスに転籍後、08年11月に退職した。

08年末、香川県の実家に帰省した真鍋さんは地元の人々の笑顔を見て、「東京の方が疲弊していると気付いた」。東京に住んで企業で働く生き方では、日本も自分も成長を続けられないのではないかと感じ、「食」に関わる仕事を始めた。

現在は兵庫県三田市に住み、地域起業家の育成や農産物の販売支援などに汗する毎日だ。10月には、知り合いの農家とともに黒豆「丹波黒」を居酒屋チェーンに卸す予定。

「金融界にいたころは自分が誰かを喜ばせた実感がなかった」と語る真鍋さん。今は外資系証券マンの肩書も、毎月振り込まれる給与もないが、手応えを感じる。「リーマン・ショックは生き方の多様性に気付いたきっかけだった」と話す。

◇「冗談でしょ」

朝比奈一郎さん(45)は経済産業省を辞め、10年11月にリーダーの育成を目指す株式会社「青山社中」(東京)を設立した。住宅ローンや2人の子どもを抱え、「『青山社中』って何?冗談でしょ」と不安がる妻を説得した。

「失われた20年」と言われる中で他省庁の若手と目指した霞が関改革に限界を感じ、「とどめを刺すようにリーマン・ショックがあった」。起業家や政治家を育てた朝比奈さんは「人生という山の頂上には日本の活性化というゴールがある。途中で転落死するかもしれないが、私は頂上につながっている道を選ぶ」と語る。

今は売り手市場の就職戦線も、金融危機後は凍り付いた。リクルートワークス研究所によると、大卒学生の求人倍率は1.2倍台に落ち込み、求人数も4割近く減少。内定取り消しも相次いだ。

法政大では、09年3月卒業予定だった学生のうち24人の内定が取り消され、22人は給与減などを強いられた。こうした中、ある学生は苦境に陥った中小企業を助けたいとの思いから、地元の銀行を就職先に選んだ。同大キャリアセンター市ケ谷事務課の内田貴之課長は「就職を見つめ直すきっかけになったと前向きに話す学生もいた」と振り返る。

◇閉塞感感じていた=真鍋さんの話

リーマン・ブラザーズに勤めていたときから、何か大きな閉塞(へいそく)感を感じていた。あまりハッピーな感じはしていなかった。日本は高齢化が進んでいるし、(価値観の)物差しの多様化が起こっている。この閉塞感は何だろうか、日本はこのままでうまくいくわけないよな、と思っていた。

今の仕事は「食」など身近なことに関係しているのが心地よい。現場を歩いて、1次産業、2次産業も含め、いろんな業種の人と会って話をしている。心が触れ合う楽しさがある。リーマン勤務時代も顧客とは仲が良かったし、信頼関係を作れたが、金融関係者ばかりで出会う人の幅が狭かった。

◇中からでは改革に限界=朝比奈さんの話

リーマン・ショック後に日本がどうなってしまうのかという中で、経済産業省資金協力課でインフラ輸出を進めていた。各省庁の仲間と霞が関改革案をまとめたが、中からだけでは限界を感じた。「失われた20年」と言われるが、本質的な改革は進まない。脈々と続く大きな危機感の中で、とどめを刺すようにリーマン・ショックがあった。

青山社中は、日本を変革するリーダーの育成、政党や政治家の政策立案の支援に取り組み、地域の産品をグローバル展開する手助けもしている。日本を良くしたいと思って役所に入った。それには社会を元気にする人材を育て、地域の改革も必要だ。一人ひとりが立ち上がらないといけない。政治や役所が何かやってくれるんじゃないかと人々が思っているうちは、日本の活性化は難しい。

知り合いの農家と黒豆畑で出荷について話す元リーマン・ブラザーズ社員の真鍋邦大さん(左)=8月21日、兵庫県篠山市

元リーマン・ブラザース社員の真鍋邦大さん(右から3人目)=8月21日、兵庫県篠山市

インタビューに答える青山社中の朝比奈一郎筆頭代表=4日、東京都港区の同本社

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