築地83年の歴史に幕=日本一の魚河岸、豊洲へ

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首都圏の台所、東京・築地市場(中央区)が6日、取引終了後に閉場し、中央卸売市場としての役割を終える。関東大震災で日本橋の魚市場などが壊滅し、1935年2月に開設された築地市場。およそ500種の魚介類の扱い量は日本一を誇り、全国の主要漁港のほか、海外からも多くの魚が運び込まれてきた。その役割は豊洲市場(江東区)が引き継ぐ。

小池百合子東京都知事が2016年8月に就任後、豊洲市場の安全性に懸念を示し、移転は予定より2年遅れとなった。

築地市場は開場当時、鉄道輸送が中心で貨物列車が乗り入れていたため、卸、仲卸売り場は特徴的な扇形をしている。今ではトラック輸送が主流で、市場内では取引された魚を運ぶ「ターレ」と呼ばれる小型の運搬車などが走り回っている。

漁業や冷凍技術の発展とともに取扱量は拡大、バブル期の90年には年間75万トンの水産物を扱った。ただ、魚資源の減少や市場外流通の増加などで、近年は40万トンほどに落ち込んでいる。

取扱量が拡大基調にあった80年代前半には、市場の過密化を解消するため、大田区への移転案などが浮上。だが、業界の強い反発などから実現しなかった。

老朽化も進み、東京都は91年から再整備工事を実施。水産物と青果を分けた立体構造の市場棟やテナントが入る高層棟も計画したが、工期の長期化や費用増大などが見込まれ、工事は中断。規模縮小に向けた調整は難航し、業界団体は98年、都に「臨海部への移転検討」を求め、豊洲への移転が2001年に正式決定した。

築地市場は補修工事を行いながら取引を継続。13年には年明け恒例の初競りで青森県大間産のクロマグロに1億5540万円の史上最高値が付き、大きな話題となった。

豊洲への移転後、築地市場の施設は解体され、跡地は20年東京五輪・パラリンピックの際、輸送拠点となる。17年6月、小池都知事は豊洲移転と同時に「築地は守る」として、跡地を食のテーマパークなどとして整備する構想を発表。今後は「築地と豊洲が生かし合えるような開発」が進められる見通しだ。

都心に隣接した好立地の築地市場=2017年10月

取引した魚介を卸売場から運び出す「ターレ」=2009年10月

築地市場の初競りで1億5540万円の史上最高値が付いた青森県大間産のクロマグロ=2013年1月

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