児童の避難700回に=校長「なぜ沖縄だけ」-米軍ヘリ部品落下から1年・宜野湾

社会

沖縄県宜野湾市の市立普天間第二小学校に、米軍普天間飛行場(同市)所属のCH53E大型輸送ヘリコプターの窓が落下した事故から13日で1年。米軍機の接近に伴い児童が校庭から避難した回数は700回近くに及び、危険と隣り合わせの状態がいまだ続いている。

「避難する子どもの様子を見たときには涙が出た」。今年度同小に赴任した桃原修校長はこう話す。同小によると、児童らの避難回数は計693回で、体育の授業中には最大5回避難したことも。校長は「2回避難したら授業が成り立たない。教育を受ける権利が損なわれていると感じる」と声を落とす。

事故後の同小には、落下物から身を隠す避難所や監視カメラが設置された。9月末までは米軍機からの避難を呼び掛ける監視員もいた。現在は教員らが避難の有無を判断しているが、校長は「何が正しいのか分からず葛藤している」と漏らす。

今月14日には、普天間基地移設先の名護市辺野古に埋め立て土砂が投入される見込みだ。「県内移設をどう考えるか」。記者が問うと、校長は「なぜ沖縄だけなのか。米軍施設の約70%を占めていることをもう少し考えてほしい」と訴えた。

一方、普天間基地の滑走路の延長線上にある「緑ケ丘保育園」(宜野湾市)には昨年12月7日、米軍ヘリの部品が落下したとみられる事故があった。2人の娘を通わせる団体職員の知念涼子さん(43)は「言葉を失った」と振り返る。

知念さんは普天間第二小の卒業生。在学時には基地内で米軍機の墜落事故があったが、「園の事故までは危険性を感じていなかった」という。

米側は園への部品落下を否定しており、原因は明らかになっていない。知念さんらは今月7日に上京し、園上空の飛行禁止や原因究明を政府に要請するなどした。「子どもたちが将来こうした活動をしないようにしたい」。知念さんの願いだ。

昨年12月に米軍ヘリの窓が落下した現場を案内する普天間第二小の桃原修校長(右)=11日、沖縄県宜野湾市

米軍ヘリの部品が落下したとみられる保育園に娘を預ける普天間第二小の卒業生、知念涼子さん。写真右下の屋根部分で部品が見つかった=5日、沖縄県宜野湾市

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