中距離核「アジア全廃」中曽根氏が主張=米ソ交渉でレーガン氏と書簡-外交文書公開

政治・外交

外務省は19日、1980年代後半までの外交文書ファイル22冊を公開した。それによると、80年代の米ソによる中距離核戦力(INF)削減交渉をめぐり、極東地域でソ連の配備量半減を目指そうとしたレーガン米大統領に対し、中曽根康弘首相が半減では不十分と訴え、レーガン氏が応じていたことが分かった。「ロン・ヤス」と呼び合うほどの2人の良好な関係が日本外交に生かされた一例とみられる。米ソは最終的に極東を含むINF全廃で合意した。(国名、肩書は当時)

米ソ交渉の焦点の一つが全廃対象の地域だった。86年1月15日にソ連のゴルバチョフ共産党書記長が核軍縮に関する新提案を表明し、米国は同2月下旬に返答を出した。

レーガン氏は返答前の同2月6日付の中曽根氏への書簡で、ソ連が世界規模のINF全廃に直ちに踏み込むことを拒んでいるとして、「アジアでの(ソ連の)SS20(中距離弾道ミサイル)を当初は少なくとも50%削減する」との案をソ連側に提示する方向に「傾いている」と伝えた。

欧州での全廃を優先する姿勢を見せたレーガン氏に対し、中曽根氏は同10日付の書簡で「『欧州ゼロ・アジア50%』という考え方には慎重な考慮を要する」と注文。「米国の北西太平洋地域における安全保障戦略が、支障を被る現実の危険性がある」と懸念を示した。

同時に、松永信雄駐米大使から「アジア50%」案の問題点を説明させると伝えた。同日付で松永氏に出された「INF交渉訓令」では「欧州との対比で著しく均衡を失する」と強調。暫定的な妥協案として極東に残るSS20を「欧州部やアジア部と区分けして呼ばない」方式を示している。

レーガン氏は同22日、中曽根氏に再度書簡を送り、「あなたの特別な懸念を大いに気に掛けている」とし、「欧州とアジアの双方で89年末までにゼロという結果をもたらすことを可能にする提案」をソ連側に示す意向を表明、「アジア50%」を撤回した。中曽根氏は同日、直ちに書簡を返し「わが国の提案に十分な配慮を払った回答を準備されたことを知り、感謝する」と応じた。

米国はこの後、ゴルバチョフ氏の新提案に対する返答に「INFを89年末までにグローバルに全廃する」と盛り込んだ。

レーガン、ゴルバチョフ両氏は87年12月、ワシントンで、地域限定なしのINF全廃条約に署名した。

外務省は原則、作成から30年経過した外交文書を定期的に公開している。公開文書は東京・麻布台の外交史料館で閲覧できる。

キャンプデービッドを訪れた中曽根康弘首相(左)を出迎えるレーガン米大統領=1986年4月13日(AFP時事)

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