住民の思い乗せ「もう一度」=8年ぶり復活、山田線-東日本大震災8年

社会

東日本大震災で被災し運休が続いてきたJR山田線の宮古-釜石間が第三セクターの三陸鉄道(本社岩手県宮古市)に移管され、「リアス線」として8年ぶりに復活する。震災前に山田線の運転士を務めていた板沢浩さん(58)は「住民の思いがこもった山田線をもう一度運転したい」と、自ら志願して三陸鉄道に出向。今月下旬の再開に向け、訓練運転に励んでいる。

新しい住宅が建ち始めた被災地をトリコロールカラーの列車が走ると、復興住宅のベランダや踏切のそばから住民が手を振って迎えた。訓練運転の車両で操縦レバーを握る板沢さんは「運転中は手を振れないから、心の中で手を振り返した。励みになる」と笑う。

盛岡市の高校を卒業後、旧国鉄に入社した。岩手県の沿岸部を走る山田線は、20代の頃から運転してきた。利用するのはいつも同じ顔ぶれだったので、誰がどこで乗り降りするか覚えていた。学校帰り、降車駅を寝過ごしそうな高校生がいると、「着いたぞ」と声を掛けた。

8年前の3月11日、津波で山田線の駅舎は破壊され、鉄橋は流失した。その後、JR東日本がBRT(バス高速輸送システム)の導入を地元に提案すると、沿線各地で鉄道復旧を求める署名活動が始まった。

当時釜石線で運転していた板沢さんも、釜石市内のスーパーで署名を集める住民の姿を目にした。運営を引き継ぐ三陸鉄道を支援しようとJRが出向する社員を募ると、「俺が行きます」と手を挙げた。

2月から始まった訓練運転では、三陸鉄道の運転士と一緒に乗車することもある。「ここはカーブで見通しが悪いから汽笛を鳴らして」などと、宮古-釜石間を初めて運転する若い運転士にアドバイスする。「新しい駅もできた。たくさんの人に乗ってほしい」と運行再開を心待ちにしている。

訓練運転を前に、車両の横に立つ運転士の板沢浩さん。JRから三陸鉄道に出向した=2日、岩手県宮古市の宮古駅訓練運転を前に、車両の横に立つ運転士の板沢浩さん。JRから三陸鉄道に出向した=2日、岩手県宮古市の宮古駅

[Copyright The Jiji Press, Ltd.]

時事通信ニュース 運輸・交通 東北 岩手県