内田裕也さん死去=79歳、邦楽ロックの草分け

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歌手で俳優、邦楽ロックの基礎をつくった内田裕也(うちだ・ゆうや、本名内田雄也=うちだ・ゆうや)さんが17日午前5時33分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。79歳だった。兵庫県出身。葬儀は近親者で行い、後日お別れの会を開く。妻は昨年9月死去した俳優の樹木希林さん。

米国のエルビス・プレスリーに憧れ、1957年、バンドボーイとして音楽活動を開始。自身のバンド「ブルージーン・バップス」を結成後、59年に日劇「ウェスタン・カーニバル」で本格デビュー。66年のビートルズ来日公演では特別編成のバンドで前座も務めた。沢田研二さんらを見いだして後のザ・タイガース結成につなげたほか、自身がプロデュースしたバンド「フラワー・トラベリン・バンド」を海外デビューさせ、カナダでチャートインさせた。

70年代から映画俳優としての活動も本格化、「十階のモスキート」(83年)、脚本も手掛けた「コミック雑誌なんかいらない!」(86年)などの主演で個性的な印象を残した。

私生活では73年に希林さんと結婚したが、すぐに別居生活。離婚は成立していなかった。

91年、東京都知事選に出馬し、政見放送でジョン・レノンの代表曲「パワー・トゥ・ザ・ピープル」などを歌ったことでも知られる。「ロックンロール」が口癖だった。

ロック歌手の内田裕也さんロック歌手の内田裕也さん

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