基地ない島、託した建議書=元琉球政府職員「状況変わらず」-沖縄本土復帰47年

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沖縄県は15日、本土復帰47年を迎えた。1952年のサンフランシスコ講和条約発効で米施政下に置かれた沖縄では、米軍による事件や事故が相次ぎ、本土復帰を求める運動が日増しに熱を帯びていた。元琉球政府職員で、米軍基地の縮小などを訴える建議書の作成に携わった平良亀之助さん(82)は、米軍基地が集中する県内の現状に「何も変わっていない」と話す。

沖縄返還は1969年の佐藤栄作首相(当時)とニクソン米大統領(同)の日米首脳会談で合意。72年5月15日に日本に返還された。

琉球政府は復帰前、無条件かつ全面的返還を求める「復帰措置に関する建議書」を作成。「基地のない平和な島としての復帰を強く望む」などとつづられ、沖縄返還協定などに対する要望が盛り込まれた。

しかし、返還協定では、沖縄の米軍基地は復帰後も維持されることが明記され、琉球政府は「このままの復帰では沖縄の未来に希望はないと思った」(平良さん)ことから建議書を作成。71年11月17日には、琉球政府の屋良朝苗行政主席が建議書を国会などに提出するため上京したが、同日の衆院特別委員会で返還協定は強行採決された。

那覇市で半年後、本土復帰の記念式典が開かれたが、周辺では米軍基地を残した復帰に抗議の声が響いた。式典に参加した平良さんは「雨具を着て抗議する群衆を見て涙が込み上げた。今も(式典会場の)近くを通るたびに思い出す」と振り返る。

米施政下の沖縄には、岐阜や山梨などに駐留していた海兵隊が移転。復帰後も米軍基地が沖縄に偏在する状況は変わっていない。平良さんは「人権が保障された憲法の下で暮らしたいという思いだった」と建議書に託した思いを訴え続けている。

元琉球政府職員で、米軍基地の縮小などを訴える建議書の作成に携わった平良亀之助さん=13日、那覇市元琉球政府職員で、米軍基地の縮小などを訴える建議書の作成に携わった平良亀之助さん=13日、那覇市

輸送機オスプレイが駐機する米軍普天間飛行場=15日午前、沖縄県宜野湾市輸送機オスプレイが駐機する米軍普天間飛行場=15日午前、沖縄県宜野湾市

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