「後世に語り継ぐ」=豪雨慰霊碑、原爆の記憶も-広島

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西日本豪雨で100人超が死亡するなど大きな被害が出た広島県では、災害の記憶を伝え犠牲者を追悼する慰霊碑を建てる動きが進んでいる。同県坂町では、土砂で埋まった原爆慰霊碑も同じ場所に移設され、被災した被爆者は「後世に語り継げる」と、命の大切さを継承する施設の完成を心待ちにしている。

15人が死亡、1人が行方不明となった坂町小屋浦地区。1945年8月、原爆の負傷者のための臨時救護所が置かれ、住民は運ばれた被爆者約360人を必死に手当てした。その半数が死亡し、地区内に埋葬。46年、木製の墓標を建て、87年には石碑に建て替えた。

昨年の豪雨では背後の山が崩れ、碑が土砂と倒木に覆われた。もともと危険性が指摘されていたこともあり、東に約1キロ離れた小屋浦公園への移設が決まった。町も公園に豪雨の慰霊碑と追悼施設を整備する。公園内には1907年の水害の慰霊碑もあり、三つの碑が並ぶ予定だ。

被爆者の西谷一成さん(89)は、土砂崩れで地区内の自宅が全壊。家の外で土砂に押し流された妻絹江さん(88)は「もう少しで死んでいた。あの時の恐ろしさ、いまだに夢に見る」と振り返る。今は仮設住宅で暮らし、建て替えを待っている。

西谷さんは爆心地から約2キロの距離で被爆した経験を、数年前まで慰霊碑の前で小学生らに語ってきた。「被爆者はいなくなるが、慰霊碑は他の石碑と同じように残り、後世に語り継がれる。これほどうれしいことはない」と移設を喜んでいる。

土石流で12人が犠牲となった熊野町も、慰霊碑を備えた公園を今後整備し、毎年追悼行事を行うことを検討している。三村裕史町長(67)は「慰霊とともに災害が起きたことを伝えていく場にしたい」と話す。

町は、最初の大雨特別警報が出た7月6日を含む1週間を「防災週間」にする条例を制定し、今年は5日から被災直後の町の様子を収めた写真展を開催。「防災意識を高めるための講演会もやっていきたい。地域で避難訓練も実施してもらえれば」。三村町長は、災害の教訓を引き継ぐ決意を示した。

被災した原爆慰霊碑=2018年7月、広島県坂町小屋浦(原爆慰霊碑を守る会の西谷敏樹代表提供)被災した原爆慰霊碑=2018年7月、広島県坂町小屋浦(原爆慰霊碑を守る会の西谷敏樹代表提供)

慰霊碑の前で地元の小学生らに被爆体験を語る西谷一成さん(右端)=2015年撮影、広島県坂町小屋浦(西谷さん提供)慰霊碑の前で地元の小学生らに被爆体験を語る西谷一成さん(右端)=2015年撮影、広島県坂町小屋浦(西谷さん提供)

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