英語で体験伝え40年=次世代育成にも熱意-被爆者の小倉さん・広島

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原爆の爆心地に近い平和記念公園(広島市中区)には、世界中から要人や観光客が訪れる。被爆者の小倉桂子さん(82)は、そうした人たちに少しでも被爆の実相を知ってもらおうと約40年にわたり英語で被爆体験などを伝える活動を続けてきた。「知ることは平和運動の第一歩」。最近は次代を担う若者の育成にも熱意を傾けている。

小倉さんは8歳の時、爆心地から2.4キロ離れた牛田町(当時、現在は広島市東区)で被爆。自宅近くの道路で閃光(せんこう)に包まれ、爆風で吹き飛ばされた。その後、爆心地近くから避難してきた人に「水をください」と足首をつかまれた。「水をあげた瞬間、亡くなった。死んだ人の顔が忘れられない。そういう誰にも言えないトラウマを、被爆者はみんな抱えている」と話す。

英語で原爆について伝え始めたのは1980年。急逝した夫と親交があり、被爆地の存在を広く世界に知らせたドイツ生まれのユダヤ人ジャーナリスト、ロベルト・ユンク氏の通訳を務めたのがきっかけだ。84年にはボランティアで被爆証言の通訳や平和記念公園のガイドを行う「平和のためのヒロシマ通訳者グループ(HIP)」を設立し、代表に就任。自身の被爆体験も英語で語り、最近ではトゥスク欧州連合(EU)大統領らにも伝えてきた。

「日常に核やヒロシマがない外国人は『全く知らなかった』とびっくりする。衝撃を与えることで被爆者の悲痛な叫びが伝わる」と小倉さんは強調する。

広島市が始めた原爆ドームや公園内の慰霊碑を英語で説明する「ユースピースボランティア」育成事業にも講師として参加。初回の研修に集まった高校生や大学生を前に、「原爆でむなしく死んだ人のために、生き残った私たちが心を受け継がなければならない。かわいそうで終わらず、どうやって次の世代や世界に伝えるか考えて」と訴えた。

「自分一代では限りがある。話した相手にやる気を起こさせて、続けてもらうのが大事」と小倉さん。「知識だけでなく情熱を持ち、世界を平和にする賢いリーダーになってほしい」と次世代を担う若者に期待を寄せている。

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