米山稔氏死去=ヨネックス創業者

経済・ビジネス 社会

スポーツ用品メーカー、ヨネックスの創業者で、元社長の米山稔(よねやま・みのる)氏が11日午前10時12分、老衰のため新潟県内の病院で死去した。95歳だった。葬儀は近親者で済ませた。喪主は長男で同社会長の勉(べん)氏。後日お別れの会を開く。連絡先は同社総務部。

新潟県長岡市出身。当初作っていた木製の漁業用のウキなどが売れなくなり、ブームを迎えつつあったバドミントンのラケットに転換。1958年に米山製作所(現ヨネックス)を設立した。その後、テニスラケット、ゴルフクラブと事業を拡大し、世界的なメーカーに育て上げた。

ヨネックスはこれまで女子テニスではマルチナ・ナブラチロワ選手や伊達公子選手らの活動を支援。現在も大坂なおみ選手や男子バドミントンの桃田賢斗選手らと契約している。

米山稔氏米山稔氏

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