ビール産業の祖、150年=受け継ぐ歴史の重み―横浜

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国内で初めて継続的なビールの商用製造に取り組み、「日本ビール産業の祖」と呼ばれる米国人技師ウィリアム・コープランドが、横浜市に醸造所「スプリングバレーブルワリー」を開いて2020年で150年。ヨコハマ生まれのビールは在留外国人の手で各地に浸透し、日本の食文化発展に貢献してきた。

ビールの歴史に詳しいキリンビールの山本武司氏(45)などによると、国内初のビール醸造所は1869年、横浜の外国人居留地に開設された。現在の同市中区山手町で、付近には製造に適した水が湧いていたという。

コープランドは翌70年、個人経営の醸造所としてスプリングバレーブルワリーを開業。日本人の味覚に合うドイツタイプのビール製造などに取り組んだ。技術指導や麦芽販売も手掛け、日本人による醸造や、家庭への浸透に道筋をつくった。山本氏は「日本のビール文化の先駆者になろうとしたのでは」と話す。同醸造所は経営不振で84年に売りに出され、後のキリンの前身となる。

ビールの発祥地が横浜となったのは、人口の多い居留地があったことに加え、外国船員の需要も見込めたことが理由とされる。当時は冷蔵技術がなく、ビールは腐りやすい水の代わりでもあったという。

キリンの子会社で、クラフトビール製造のスプリングバレーブルワリーは、醸造家が製造の裏話などを伝える交流イベントを毎月開催している。島村宏子社長(49)は「横浜で続いてきたコープランドの150年の思いを引き継ぎ、ビール文化を発信していきたい」と意気込んでいる。

1870年、コープランドが開業した「スプリングバレーブルワリー」があった場所に建つ麒麟麦酒開源記念碑=2019年12月25日、横浜市1870年、コープランドが開業した「スプリングバレーブルワリー」があった場所に建つ麒麟麦酒開源記念碑=2019年12月25日、横浜市

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