「つながり続ける」=被災者寄り添い―よろず相談室の牧秀一さん・阪神大震災25年

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「原点は訪問活動。つながり続けることが必要」。阪神大震災が起きた1995年から被災者への訪問を続けるNPO法人「阪神淡路大震災よろず相談室」(神戸市)理事長の牧秀一さん(69)はこう話す。四半世紀にわたり被災者の声に耳を傾けてきたが、高齢などを理由に今年3月までで引退し、若い世代に引き継ぐことを決めた。

定時制高校の教諭だった95年1月、同市東灘区で被災。自宅や家族は無事で、手伝えることがあればと近くの小学校の避難所に駆け付けた。ボランティアの女子大生から「先生なら被災者の話を聞ける」と頼まれ、憔悴(しょうすい)した被災者の姿に、「このままではあかん」と仲間数人と活動を開始した。

新聞に掲載された義援金などの情報を集めて作った「よろず新聞」を手に、被災者に説明して回った。次第に距離も近づき、相談を持ち掛けられるように。「家を失った」「仕事がない」。延べ約200人の嘆きや不安を受け止めた。

同年9月に最後の一人が避難所を出たためいったん解散したが、仮設住宅で孤独死や自殺が相次ぎ、96年3月に活動を再開。1日で3人から計7時間、悩みを聞いた時は、自転車に乗って帰る気力もないほど疲弊した。

何度もやめようと思ったが、復興住宅に単身入居するなどした高齢者らに「独りじゃないよ」と伝えるために続けた。全国から届くカンパも支えとなった。現在は、東日本大震災や熊本地震の被災地に応援の手紙を届ける活動も手掛ける。「つながり」を広げたいとの思いが根底にある。

戸別訪問で当初は約140人を相手にしたが、多くは亡くなるなどし、12人まで減った。月に1度を目安に続けるが、自身も年を取り、訃報に接するのもつらくなった。活動に参加する20代の男性らに「最後の一人まで」という思いを託す。

やり切りたい仕事が残っている。5年前から撮り始めた被災者22人の「証言動画」の編集だ。震災を軸にこれまでの人生について聞くインタビューで、DVDや書籍に残す。牧さんは「さまざまなことを乗り越えて被災者の今があることを感じてほしい」と話している。

これまでの活動を振り返る「よろず相談室」理事長の牧秀一さん=2019年12月8日、神戸市東灘区これまでの活動を振り返る「よろず相談室」理事長の牧秀一さん=2019年12月8日、神戸市東灘区

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