「京都新城」石垣と堀見つかる=最晩年の秀吉築城、初の遺構

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京都市埋蔵文化財研究所は12日、京都市上京区の京都仙洞御所内で、豊臣秀吉が最晩年に築いたとされる「京都新城」の本丸を囲う石垣と堀が見つかったと発表した。同研究所によると、同城の遺構が発見されたのは今回が初めて。

京都新城は1597年に京都御所の南東に築城され、秀吉の死後、正室の高台院の屋敷となった。

同研究所が昨年11月から消火設備工事に伴い、南北約13.5メートル、東西約10メートルの範囲の発掘調査を実施。その結果、南北約8メートルにわたる石垣と堀の遺構が見つかった。京都新城の本丸の西側に位置していたとみられる堀は空堀で、幅は約20メートルにわたっていたと考えられる。

石垣は堀の西側に自然石を積み上げて築かれ、高さ約1~1.6メートル。当時高さ2.4メートルほどだったと考えられる。関ケ原の戦いの直前、城が戦闘に利用されるのを避けるために上部が破壊されたとみられる。

1627年に同所に後水尾天皇のために仙洞御所が造営された。その際の整地面よりも深い場所で石垣が発見され、豊臣家の城に特徴的な金箔(きんぱく)瓦も出土したことなどから、同研究所は京都新城の遺構と判断した。

同研究所の南孝雄調査課長は「今まで謎だった京都新城の実態が垣間見えた。秀吉が最晩年に京都との関係をどのように築こうとしたのかを考える一つのきっかけになるだろう」と話した。

報道公開された京都新城の石垣と堀の一部=12日午後、京都市上京区報道公開された京都新城の石垣と堀の一部=12日午後、京都市上京区

報道公開された京都新城の石垣と堀の一部=12日午後、京都市上京区報道公開された京都新城の石垣と堀の一部=12日午後、京都市上京区

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