「しまい込んだ思い」形に=震災教訓、証言集作り―宮城・東松島の元市議

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東日本大震災は11日で発生から9年半。500人以上が津波の犠牲となった宮城県東松島市野蒜地区では、教訓を後世に伝えるため、住民主体の証言集作りが始まっている。まちづくり協議会会長の菅原節郎さん(70)は「心の奥底にしまい込んでいた思いを外に出すことで、心のつかえも取ってほしい」と準備に奔走する。

2011年3月11日。市議だった菅原さんが強い揺れを感じたのは、議会が閉会し帰宅しようとした時だ。急いで戻り、妻郁子さん=当時(53)=と息子の諒さん=同(27)=に避難先を指示すると、菅原さんは地区内に避難を呼び掛けに走った。

巡回の最中に津波が襲来し、身を寄せた建物で一夜を明かした。避難所の小学校には住民が殺到。菅原さんは家族の安否を確認する間もなく運営に追われた。

「半分諦めつつも生き残っていてほしい」と願った妻と息子は遺体で見つかった。地震直後は避難所に向かう車で渋滞していたこともあり、「指示ミスもあったと思う」と悔やむ菅原さん。「こういう思いを他の地域や後の世代にしてほしくない。伝えていくことは、あの時ここに居合わせた人たちの使命では」と、証言集の意義を語る。

地域住民と接する中で、「あの当時は語れなかったけれど、今なら少し話せるという方が増えてきた」と感じている。野蒜地区などの約1100戸にアンケート用紙を3部ずつ配り、幅広い世代の証言を集める予定だ。

記憶喚起のため、発生から時系列で選択式の設問を用意。避難や生活再建時の思いなどを回答した後、自由記述欄で証言を書いてもらう。証言集は全戸に配布するほか、学校や公共施設などで防災に役立ててもらう。協議会のSNSで紹介するなど、周知の方法を模索していくという。

「かみさんや息子に評価してもらえる活動をしているか。聞かれて恥ずかしくない日々の過ごし方をしたい」。亡き2人の存在が今も菅原さんの背中をそっと押している。

東日本大震災の証言集について打ち合わせをする菅原節郎さん(右)=7日、宮城県東松島市東日本大震災の証言集について打ち合わせをする菅原節郎さん(右)=7日、宮城県東松島市

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