井戸川絹子さん死去=バレーボール「東洋の魔女」

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1964年東京五輪のバレーボール女子で金メダルを獲得し、「東洋の魔女」と呼ばれたメンバーの主力だった井戸川絹子(いどがわ・きぬこ、旧姓谷田=たにだ)さんが、4日に脳出血のため死去した。81歳だった。葬儀は家族葬で営まれた。

大阪府池田市出身。中学2年でバレーボールを始め、大阪・四天王寺高を卒業後、58年にニチボー貝塚に入社。全日本のエースアタッカーとして活躍し、62年の世界選手権優勝、2年後の東京五輪金メダルに貢献した。

大松博文監督(故人)の厳しい指導の下、コーチ兼務のセッター河西昌枝主将(故人)らと共に猛練習に明け暮れた。

現役引退後はママさんバレーの指導と普及に努めた。新型コロナウイルスの影響で実現しなかったが、東京五輪(来夏に延期)に向けた聖火リレーに参加する予定だった。

井戸川絹子さん 元女子バレーボール選手井戸川絹子さん 元女子バレーボール選手

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