なかにし礼さん死去、82歳=「北酒場」「長崎ぶらぶら節」

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「北酒場」や「石狩挽歌(ばんか)」など数多くのヒット曲を手掛けた昭和を代表する作詞家で直木賞作家でもあるなかにし礼(れい、本名中西禮三=なかにし・れいぞう)さんが23日午前4時24分、心筋梗塞のため東京都内の病院で死去した。82歳だった。葬儀は近親者で行う。喪主は妻由利子(ゆりこ)さん。後日、お別れの会を開く予定。

旧満州(現中国東北部)生まれ。終戦後に日本に引き揚げた。立教大在学中からシャンソンの訳詞を手掛け、菅原洋一さんが歌った「知りたくないの」のヒットをきっかけに、本格的に作詞家の道に進んだ。

1968年には黛ジュンさんの「天使の誘惑」、70年には菅原さんの「今日でお別れ」で日本レコード大賞を受賞、ヒットメーカーとしての地位を確立した。82年の同賞受賞曲、細川たかしさんの「北酒場」を一緒に手掛けた作曲家の中村泰士さんも20日に81歳で死去したばかりだった。このほか北原ミレイさん「石狩挽歌」、黒沢年男(現・年雄)さん「時には娼婦のように」を含め4000曲以上を生み出した。

なかにしさんは作家としての才能もいかんなく発揮。自身の兄との葛藤を描いた小説「兄弟」が98年に直木賞候補に、2000年には民謡を題材にした「長崎ぶらぶら節」で同賞を獲得した。

民放テレビの情報番組などにコメンテーターとして出演、スマートで軽妙な語り口を披露していたが、12年に食道がんがみつかり治療に専念。闘病生活を記録した著書も話題になった。その後も再発したがんと向き合いながら、作詞、小説、エッセーなど創作意欲が衰えることはなかった。

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