「今後も寄り添い続ける」=渡辺謙さん、気仙沼でカフェ―東日本大震災10年

社会

東日本大震災から10年となるのを前に、俳優の渡辺謙さん(61)が時事通信のインタビューに応じた。被災地の宮城県気仙沼市に集いの場としてカフェを開いてから7年。「被災した人にとっては日常の積み重ねが10年になっているだけで、何かが大きく変わるわけではない。小さな力でも支えたり、慰めたりできないかとの気持ちで、今後も寄り添い続ける」と語った。

渡辺さんは1995年の阪神大震災時、急性骨髄性白血病で療養中だった。2004年の新潟県中越地震では映画撮影のため日本を離れており、「何もできないじくじたる思いがあった」。東日本大震災の津波などの惨禍を目の当たりにし、「とにかくできることは全てやろう」と誓った。

震災直後に支援サイトを立ち上げ、22カ所の避難所を回り物資を届けた。気仙沼を訪れた際、「人が集まる場所がなくなった」と住民の嘆きを耳にした。いち早く再開した居酒屋の明かりが夜闇に光るのを見て、「負けてはいられない。対岸に僕らも明かりをともす」と奮い立った。

建築家の伊東豊雄氏が設計したカフェ「K―port」は13年11月にオープン。コンサートなどができるスペースもある。町の人たちの心に明かりをともす意味を込め、灯台をシンボルマークにした。日本にいる時は1、2カ月に1度のペースで訪れ、接客もこなす。メニューも考案し、地元の和菓子屋などとコラボレーションした料理を提供する。

開店以来ほぼ毎日、自筆メッセージをファクスで店に送り続けている。先月の成人の日には、新型コロナウイルスの感染拡大で祝典が中止になったことなどを気遣い、祝意を表した。「1日5分間、どこにいても書いている時はつながっていると伝えたいから」と続ける理由を語る。

東京電力福島第1原発事故の対応に当たった作業員の姿を描いた映画「Fukushima50」で、吉田昌郎元所長(故人)を演じた渡辺さん。復興政策に関して「コロナ対策もそうだが、本当に困窮している人や現場が何を欲しているのかを、上から目線ではなく平場に下りて一緒に考えてほしい」と訴える。

コロナ禍で店は昨年、休業を余儀なくされた。従業員とのやりとりもリモートに。収束したら地ビール祭りの開催なども念頭にあるといい、「今は支援している感覚は無い。皆で楽しいこと、面白いことを探して考える方が意味がある気がする」と指摘。「もう来なくていいと言われるまで続ける」と笑った。

宮城県気仙沼市で開いたカフェ「K―port」の前でポーズを取る俳優の渡辺謙さん(事務所提供)宮城県気仙沼市で開いたカフェ「K―port」の前でポーズを取る俳優の渡辺謙さん(事務所提供)

渡辺謙さんがカフェに送った自筆メッセージ(事務所提供)渡辺謙さんがカフェに送った自筆メッセージ(事務所提供)

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