風評乗り越え県産つなぐ=「福島で米作りを」―新ブランド、スマート農業も

社会

史上最悪レベルとなった東京電力福島第1原発事故は、発生から10年を迎える今も、福島県の農業に影を落とす。米農家も深刻な打撃を受けたが、風評被害をはねのけようと、オリジナルブランド米などに活路を見いだそうとしている。「県産をつなぎたい」。若手の就農者も将来を見据える。

県内の米の収穫量は、2010年度に44万5700トンだったが、東日本大震災が起きた11年度は35万3600トンに急減。以降35万~38万トン台で推移する。輸出量は、国の振興策もあり近年は上向きだが、香港向けは10年度の約100トンから、規制強化で19年度は2.6トンにとどまった。

県産米は、セシウムなどの残留放射能を調べる全量全袋検査が義務付けられ、原発周辺の12市町村を除き、20年にようやく抽出検査への移行にこぎ着けた。

こうした中、県農業総合センターが14年間かけて開発した新ブランド米「福、笑い」が20年に初めて収穫された。収量は37トン。首都圏の店舗やインターネットなどで販売し、予想の15トンを超える16.8トンが売れた。21年度から本格販売する。

香りが良く甘みが強いのが特長で、県は安全性や環境への配慮など生産工程の厳格な管理が要求される「GAP認証」の取得者などに生産者を限定し、品質や信頼性の確保を目指す。

沿岸部の浜通り地方で「福、笑い」を唯一生産する寺沢白行さん(70)は「安心安全な米を作っている自負がある。福島産はおいしいと知ってもらいたい」と胸を張る。南相馬市の田んぼは震災の津波で流された。風評被害など不安もあったが、「地域の農業を誰かが守らなければ」と15年に本格的に営農を再開した。

県の担当者によると、近年は農業法人の設立による大規模化、効率化が進み、離農者が回帰する動きも見られる。寺沢さんも法人化し、約55ヘクタールの大規模ほ場でドローンや全地球測位システム(GPS)を使ったスマート農業にも挑戦する。「震災前と景観も環境も変わったが、死ぬまで現役でやっていきたい」と力を込めた。

同市鹿島区の遠藤亜美さん(23)は、13歳の時に被災。「当たり前にあった田園風景や地域の人々との交流を取り戻したい」と就農を決意し、県内の農業短期大学校に進んだ。再開に二の足を踏んでいた父親の背を押し、19年から共に稲作に精を出す。

「地域の集まりに同世代がいない」。遠藤さんは、若い人の農業離れを感じている。ただ、「分からないことは地域の先輩が教えてくれる。今後は会社を起こし、生産から商品化まで自ら手掛ける6次化商品を作りたい」と目標を語った。

県のオリジナルブランド米「福、笑い」を生産している寺沢白行さん=10日、福島県南相馬市県のオリジナルブランド米「福、笑い」を生産している寺沢白行さん=10日、福島県南相馬市

東日本大震災をきっかけに就農を決意し、米作りをしている遠藤亜美さん=福島県南相馬市(株式会社いんふぉ.提供)東日本大震災をきっかけに就農を決意し、米作りをしている遠藤亜美さん=福島県南相馬市(株式会社いんふぉ.提供)

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