苦闘続く宮城の水産業=温暖化で不漁―「担い手」千人目標・東日本大震災10年

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「信じられないくらいだっちゃ」。宮城県女川町で50年以上水産業を営んできた、女川魚市場買受人協同組合の前理事長、高橋孝信さん(77)は、近年の記録的な不漁に危機感を募らせる。

農林水産省は1月、2019年の養殖を含む漁獲量の確定値は419万トンで、統計開始以来最低だったと発表した。全国的な不漁は、東日本大震災から10年を迎える東北の被災地の水産業にも影を落とす。

親潮と黒潮がぶつかる豊かな漁場に恵まれ、震災前は全国2位の生産量を誇っていた宮城県の水産業は、沿岸を襲った津波で壊滅的な被害を受けた。国や県による復興事業で、17年度末までに魚市場や漁船、養殖施設などのハードは復旧し、震災後に全国9位に落ち込んだ生産量は4位まで回復した。

一方で、県内の主要4漁港(塩釜、石巻、女川、気仙沼)の水揚げ量は、18年の25万トンをピークに、20年には23万トンに減少。水揚げ金額も、17年に584億円と震災前の水準まで持ち直したが、その後減少に転じ、20年には476億円まで下落した。

水産庁によると、漁獲量の低下は地球温暖化が一因とされる。海水温が上昇し、冷たい水を好むサケやサンマなどの漁場が、漁のしづらい沖合に移動した。外国漁船の漁獲によって水産資源が減少している可能性もあるという。供給量の減少にもかかわらず、市場価格は安値が続く。県の担当者は「要因はさまざまだが、新型コロナウイルスの影響による需要の低下は大きい」と話す。

担い手不足も深刻だ。被災地では震災後の防災集団移転のため、漁村地域の住民は高台への移住を余儀なくされた。都市部への人口流出も進み、家族経営が多い漁師は後継者難に見舞われている。県内の漁業就業者数は08年の9753人から18年は6224人まで減った。

「この地が成り立つのに必要な産業である漁業を次の世代に残したい」。宮城県石巻市で14年、若手漁師や移住者らが担い手育成事業に取り組む「フィッシャーマン・ジャパン」を立ち上げた。新たな担い手を1000人増やすことを目標に掲げ、求人や移住支援、研修などを手掛ける。団体の支援で、これまでに県内外の42人が新規就業を果たした。

震災ボランティアをきっかけに、千葉県から石巻市に移住し、設立当初から活動する島本幸奈さん(29)は「漁業を魅力ある仕事にしたい。生産管理や働き方を効率化し、流通の見直しや機械化など事業構造を転換する必要がある」と指摘。「やり方次第で変えられる。日本の漁業全体が良くなる方向に活動を続けたい」と力を込めた。

女川港で早朝から行われたマイワシなどの水揚げ=4日、宮城県女川町女川港で早朝から行われたマイワシなどの水揚げ=4日、宮城県女川町

取材に応じる「フィッシャーマン・ジャパン」の島本幸奈さん=1月22日、宮城県石巻市取材に応じる「フィッシャーマン・ジャパン」の島本幸奈さん=1月22日、宮城県石巻市

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