危機に立ち向かう日本

政治・外交

日本再生に向けて日本人が忘れてはならないことを元外務省事務次官・谷内正太郎氏が語る。

禍を転じて福となす

今回の震災や津波、それによって引き起こされたカタストロフィックな惨事に対して、「地震や津波の規模が想定外に大きかったから」という人がいる。しかし、1886年の明治三陸地震では湾の地形によっては30m近い津波に、1933年の昭和三陸地震でも24mの津波に襲われるなど、東北地方では今回の震災を凌駕する高さの津波を経験している。今回の惨事は青天の霹靂とは言えない。少なくともその道のプロはこのような「言い訳」をすべきでは無かろう。事の本質は、「国民の生命と財産を守る」という国家安全保障の問題なのである。

震災・津波・原発事故という三重苦によって、海外における日本のイメージは相当に傷ついてしまった。地震大国である日本は、耐震技術など防災の分野では世界のトップレベルを走っていた。原子力発電所を安全に運転する技術なども同様だ。こうした「安心・安全」に関するテクノロジーは、日本のストロングポイントだった。しかし今回の震災によって、日本の安全神話が崩れてしまった。被災地において品格をもって行動した日本人に対して海外メディアから賞賛の声が上がるなどプラスイメージもあったが、全体的にみるとやはりダメージの方が大きかった。

しかし、こうした逆境の時代にあっても、これまで日本は一致団結して、苦難を乗り越え、再生への道筋を切り開いてきた歴史がある。例えば幕末期や終戦期など、日本という国が滅びてもおかしくないような危機的状況に直面した時、その真価を発揮してきた。決して諦めず、投げ出さず、問題を一つひとつ解決し、危機に立ち向かってきたのだ。

不幸は不幸として粛々と受け入れ、救援、復旧に全力を尽くすとともに、今回の震災を奇貨として日本再生への道を考えていくべきではないか。1990年以降の日本の歩みを考えると、それは日本が国際的な地位を少しずつ低下させていった「失われた20年間」だとも言えるだろう。このままずるずると坂道を下っていったら、取り返しのつかない地点にまで来ていたと言ってもよい。これまで日本が直面した危機のように顕在化していない分だけ、国家的な深刻度は大きかったとも言える。

そうした時に、今回の大震災が起きた。こうした未曾有の事態を打破するのは、やはり日本社会が連帯して、道を探っていくしかない。幸い、危機をバネにしてみんなで努力していこうという機運が盛り上がりつつある。神は乗り越えられない試練を与え給わない、という。今はまさしく「禍を転じて福となす」という精神でやっていくしかない。

(3月29日 談)

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