これは「風評」ではない

社会

福島県から観光客が消え、農産物も売れない状況が続く。地元テレビ局の福家康宣氏は、原因は実態のない「風評」ではなく放射線への恐れのため、この事態は長引くと予測する。

「風評に惑わされず、みんなで福島を応援しよう。福島の野菜を食べようよ」。東京圏を中心に全国で、多くの人がそう言って立ち上がってくれている。福島県に住む者として心から感謝したい。

「風評」被害の実情は相当にひどい。福島県産の野菜は出荷制限が掛けられていないものでも売れない。売れても不当に安い値しかつかない。

事実上の避難所となった福島の温泉地

いつもの年なら大勢の観光客で賑わう桜の名所に人影がなく、東京電力福島第一原子力発電所から遠く離れた会津の温泉地の旅館やホテルでも、観光客の姿はない。それらの施設は原発の周囲30km圏から避難してきた人たちの姿ばかり。それで込み合ってはいるが、ふるさとから追い立てられ、家と仕事を失った避難民がのんびり湯に浸かり、高い料理を注文するわけがない。旅館やホテルも福島県や市町村の要請に応じて受け入れているので、それで儲けるわけにはいかない。事実上の避難所だ。泊まっている避難民も涙、旅館・ホテルの経営者も涙なのだ。取引先の土産物屋さん、クリーニング屋さん、タクシードライバーも売上げが激減し、やはり涙だ。

今回の東日本大震災で国内のサプライチェーン(供給網)が切れ、仕事にならなくなった例は全国から報告されているし、観光や花見会や歓送迎会を自粛するムードが広がっているそうだから、つらいのは福島県民だけではないだろう。しかし、かつてとは様相が一変した福島県内の観光地や温泉地を眺めると胸が締めつけられる。

人を遠ざけるのは「風評」ではなく放射線、そして政府の対応

気が滅入るのは、いくら福島産の野菜を買ってくださいと声を張り上げても、福島県へ観光に来てくださいと呼びかけても、たぶん、状況はそう大きくは変わらないだろうな、という予感があるからだ。

みんな「風評」に惑わされているからではなく、放射線が怖いからなのだ、と私は思う。なぜか今回の事態についても「風評被害」という表現が使われてしまっているが、私は、これは「風評」ではないと思う。福島第1原発の装置が大津波で壊れて制御できなくなり、そこから放射性物質が飛散し続けていること、放射線に汚染された水を太平洋に捨てたことを、国民みんなが知っている。「風評」ではない。

そして、こうした事実が「福島県全域が危ない」という誤解に結び付く上で決定的だったのが、3月20日の政府の行動だ。この日、飯館村など県北東部と南東部の4市町村で実施した原乳の検査で、食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が見つかったが、政府は迂闊にも県全域を対象に原乳の出荷自粛を求めた。その前日に基準値を超えるホウレンソウが見つかっていたこともあって、一気に『福島県の』野菜・牛乳は危ない、となった。「風評」ではない。政府の対処の仕方、国民への説明の仕方の不十分さが、福島県のきょうの姿につながっているのだ。

(2011年4月30日 記す)

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