新春対談 白石 隆・編集長vs原野 城治・一般財団法人ニッポンドットコム代表理事

政治・外交 経済・ビジネス

nippon.comは2011年10月、多言語で“日本の今”を世界に伝えるために誕生しました。2012年は何を発信すべきか。白石隆編集長(政策研究大学院大学長)に一般財団法人ニッポンドットコム代表理事・原野城治が聞きました。

白石 隆 SHIRAISHI Takashi

政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。専門は国際関係論、東南アジア政治。1950年愛媛県生まれ。東京大学大学院国際関係論修士課程、米コーネル大大学院博士課程修了。2011年10月から16年3月まで、nippon.com編集長、編集主幹を歴任。

原野 nippon.comは10月3日に、日本語はもちろん、英語、仏語、スペイン語、中国語(簡体字、繁体字)の5言語でスタートしてほぼ3カ月が経過しました。オープンから3日間で4万アクセスがあるなど、順調な滑り出しです。非常にしっかりとした内容の論文と、やわらかい内容の他のコンテンツとのバランスが取れていると好評で、多くの海外の方にご覧いただいています。

そこで、来たるべき2012年、nippon.comがさらに飛躍するためにも、白石編集長に抱負をうかがいたいと思います。まずは、2012年の日本についての展望からお聞かせください。

世界の激動の中で、日本も転機を迎える

白石 新年にふさわしくない話題になるかもしれませんが、2012年は大変な年になるのではないかと心配しております。

ヨーロッパ危機について2011年12月に行われたEU首脳会議では、長期的な方向性は示されたものの、短期的な解決策はまったくありませんでした。また、危機の影響はアジアにも及んでいます。その一方、中国、インド、ブラジル等の新興国の経済は急速に伸びており、世界的な富と力の分布は加速度的に変化しつつあります。

そうした中、日本の政治も転機を迎えつつあります。前回の「論点」にも書いたことですが、日本の政党は、与党の民主党も、野党の自民党も、党内で「生産性か、バラまきか」という対立を抱えています。

この対立のため、TPP協定交渉参加をめぐって、民主党では党内を二分する議論となりました。消費税を含む税制改革についても、政府は2011年中の素案のとりまとめを目標として議論を行いましたが、同様の問題から党内対立が深まることになりました。

2012年、ヨーロッパ危機によりアジアも影響を受け、そうならないことを希望しますが、中国も調整局面に入る、その結果、世界の経済が非常に難しいときに、日本の政治は、こういう対立を抱えながら、非常に難しい判断を求められることになる。総選挙も十分にありうると思います。

こうしてみると、2012年は、2010年代の日本の方向を決めるような年になるかもしれません。

総選挙の可能性は…

原野 日本が重大な転換期を迎えているというお話がありましたが、政治の状況や選挙の見通しについても、もう少しお話ししてもらえませんか。

白石 正直なところ、政治がどうなるかはわかりません。そのため、わたしはいつも、政策的課題の方から考えるようにしています。日本の財政の将来を考えれば、消費税増税を伴う税制改革の実施以外のオプションはもうありません。世論調査を見ても、国民の半分は支持している。もっとも、政府が消費税増税という結論を出した場合には、反対が増えることは確実です。

しかし、それは置いておくとして、消費税増税を伴う税制改革が必要となった理由もはっきりしています。社会保障費、医療費、年金などが、急速に拡大している。ここをなんとかしないことには、どうしようもない。みんな理解していることだと思いますが、税と社会保障の一体改革をやらなければ、日本もいつヨーロッパと同じような危機に陥っても不思議ではありません。

したがって、政策としては、消費税を上げる、という選択は間違っていません。しかし、政治家には選挙があります。選挙が近づけば近づくほど、政治家は「増税」という言葉にひるみます。

ここから先はわたしの推測で、希望的観測と言われるかもしれませんが、税制改革に関する素案を政府が作り、野田首相が消費税増税の提案を撤回しなければ、与野党協議、さらには国会審議が行われることになるでしょう。そうなれば、かなり早いタイミングで、2012年中にも総選挙をやらざるを得ないのではないでしょうか。解散となれば、前回の選挙のような民主党への追い風は吹きません。将来に不安を感じて、増税の議論に踏み込まず、人気があるように見える人物や政党に便乗する政治家も多いと思われます。

一方で、橋下大阪市長をめぐる動きもあります。2011年11月の大阪府知事選、大阪市長選は、政治的に非常に意味のある選挙だったと思います。事実上、既成政党のすべてが相乗りした候補が見事に敗北した。橋下氏に票を投じた人々は、既成政党、さらにはそれを支える勢力に非常なフラストレーションを持っている人たちでしょうが、橋下さんはそういう人たちを見事に動員している。ただ、正直なところ、一見、説得力があり、現在の政治システムの中で阻害されがちな人たちをうまく動員しているだけに、怖いところもある。

これは大きな台風に育つ可能性がある。みんなの党、その他、第三勢力たらんとする人たちがすり寄っていくのもよくわかります。また、大阪以外のところでも、似たような勢力が育ちつつある。こういう人たちがどう動くか、よくわからない中で、政党再編成をにらみつつ、総選挙の方向に動いていくのではないでしょうか。

2012年が大きな転換の年になる可能性があるというのはそういう趣旨です。そういう重要な時期に、nippon.comのようなオープンな議論の場が間に合ったことは、非常に良かったと思います。大きな可能性のあるフォーラムとして、これからいろいろ実験を試みながら、このサイトのポテンシャルをどう生かしていくか、考えていきたいと思います。

世界中の人々の判断材料となる情報を発信する

原野 サイトの作り手の側から言うと、インターネット上には情報が氾濫していて、きちっとした情報や、見たいものを見つけることができない、という状況が発生しています。日本が大きな転換期を迎えようとしている今、信頼すべき情報を発信する安定したサイト作りを目指していかなければと考えています。

編集委員会において日本の大きな方向性や現状を分析した上で、論文を掲載していることも、読者への信頼感醸成につながるのではないでしょうか。

白石 わたしはこの3年、内閣府の総合科学技術会議の議員として、政府の中で、科学技術政策の策定、実施に関与するという機会を得ました。その経験から言いますと、政府の中では非常に多くの課題について、極めて多岐の観点から、実にさまざまのスタディが行われ、政策の選択肢が検討され、その判断の根拠となるデータが集められている。そういうデータのかなりの部分は公開されている。しかし、それでも、一般の国民、まして外国の人たちにとって、そういうデータが容易にアクセスできるかたちで公開されたかというと、なかなかそうとは言い難い。府省はずいぶん白書は出している。その多くはデータの宝庫です。しかし、それを使いこなすのはなかなか大変です。

なぜこういうことを言うかというと、福島第一原子力発電所の事故以降のデータ、たとえば放射線量のデータについて、もう少し受け手の立場に立ったデータ公開のしかたがあるのではないかと、常々、考えているからです。役所の担当者はそれは自分の仕事ではない、と言うかもしれない。しかし、一般の人たちがそういうデータを見、それを判断の根拠とすることができるためには、データの公開のしかたにもっと工夫、あるいは受け手の立場に立ったデータの提示のしかたがあるだろう。nippon.comではそういうこともやりたいと思います。

政府では現在、エネルギー政策について、かなり抜本的な見直しが進められております。この結果、おそらく来年の夏前には、25年、30年先までの日本のエネルギー政策の基本が決められることになる。しかし、この議論の共通のベースとなるようなスタディが広く国民的に共有されているかと言えば、そうはなっていません。

これまで、日本では、こうした問題を議論する場として、一方でメディアがあり、一方で政府の審議会のようなものがありました。その他に、さらに議論を深める場として、『中央公論』『voice』『世界』といった論壇誌があった。しかし、この部分が近年、非常に弱くなっていることは明らかです。わたしとしては、nippon.comがこのあたりでもっとなにかできるのではと期待しています。

nippon.comが担うもの

原野 確かに、国内では非常に詳細なデータがあっても、それを多言語でわかりやすく伝えるという試みは、今までの日本には少なかったかもしれませんね。

もうひとつ2012年のキーワードとして重視しているのが「アジア」です。中国、韓国などの主要国で元首が交代することもあり、アジアへの発信を大切にしきたいと考えていますが、そのあたりについてはいかがでしょうか。

白石 来年は、中国、韓国で指導者が交代し、米国、台湾、それにあまりこういうことは言いたくありませんが、日本でも、指導者交代の可能性がある。また、先ほど少し触れましたが、2008年以来の中国経済の動向を考えると、中国経済がかなり大きな調整を経験するかもしれない。こういうことを考えれば、アジアでも大きな変化がおこる可能性は決して小さくない。

実は、最近、E・H・カーの『危機の二十年』を読み直しました。歴史が「茶番」としても繰り返さないことは、よくわかっていますが、世界的に経済が悪くなると、日本語で言えば「たちの悪い」とでも言うのでしょうか、政治もnastyになる傾向がある。

こういう時にこそ、決してnastyにも、内向きにも、近視眼的にもならず、非常に長期の視点で、世界に開かれたかたちで、合理的に、そしてこれをわたしとしてはなによりも強調したいと思いますが、徹底的にプラグマティックに、われわれとしてなにをなすべきかを考える必要があります。これがnippon.com編集長としてのわたしの立ち位置です。

原野 われわれはニュースサイトではないので、スピードを追求することはしませんが、迅速に、かつ手ごたえのある情報を発信していきます。近いうちに、自分の論文を掲載したいという人も出てきてくれるのでは、と期待しているところです。

白石 きっと出てきてくれますよ。(笑い)

白石隆nippon.com編集長から年頭のごあいさつ

白石隆 対談