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ボンジュール、鉄拳です

文化

欧州最大級を誇る日本ポップカルチャーの祭典「ジャパンエキスポ」に、パラパラ漫画でおなじみの鉄拳が初めて参加、サイン会やワンマンショーでフランスの観客と触れ合った。

鉄拳 Tekken

お笑い芸人、イラストレーター。1972年長野県生まれ。漫画家、プロレスラーを志望するも断念し、1997年にお笑い芸人としてデビュー。イラストを使った芸でテレビに出演し、人気を得る。2011年、仕事が減って芸人としての自信を失い引退を決意したが、辞める直前に入ったパラパラ漫画の仕事で再ブレイク。ミュージックビデオやCM、テレビ番組などに次々と作品を提供し、「感動的」と評判を集める。吉本興業所属。YouTube 鉄拳公式チャンネル

フランスのファンたちと初対面

日本のアニメや漫画、ゲーム、コスプレなどのファンが集う欧州最大規模のイベント、「ジャパンエキスポ」が今年18回目を迎え、7月6日から9日までフランス・ビルパント(パリ郊外)のイベント会場で開催された。日本から招かれた数々のゲストの中で、ひときわ異彩を放ったのが芸人・イラストレーターとして活躍する鉄拳だ。7月8日のワンマンショーに向け、スケッチブックに自分で描いたイラストによる「フリップネタ」をフランス語で用意して臨んでいる。

ショーの2日前、ジャパンエキスポ初日の6日には、サイン会が開かれた。「初めて来ていきなりサイン会なんて…。人は集まるんですかねえ」と不安を口にする鉄拳。案の定、会場に現れたファンの姿はまばら。鉄拳を知っていたかと聞くと、一様に「知らなかった」と答える。格闘ゲーム「鉄拳」シリーズ(バンダイナムコ)のプロモーションと間違えてきた人がかなりいたようだし、中には「遠くから変わったコスチュームが見えたので来てみたよ。近くで見たらやっぱり変だった」と爆笑する若者も。

ジャパンエキスポ会場にて

何しろ今回が欧州のイベント初参加。それでも「ジャパンエキスポ公式サイトの紹介を見て、初めて彼のパラパラ漫画を知り、興味をもった」という反応がいくつかあったのは救いだ。そんな「生まれたて」のファンたちに、鉄拳が一人一人丁寧に描いた似顔絵付きのサインを手渡すと、みな満面の笑みで喜ぶ。しかし「あさってのショー、絶対来いよ!」という鉄拳の叫びは伝わったのかどうか…。期待と不安の入り混じるスタートであったのは間違いない。

忙しいスケジュールの合間をぬってパリ見物。猛暑のパリをあのコスチュームのまま散策し、道行く人びとの注目を浴びる

かける言葉はひたすら「ボンジュール」だが、しっかり交流はできた!

フランスは2回目というが、前回はTVロケで日本にとんぼ帰り。今回は過密スケジュールの中、ほんの少し街並みを眺める余裕も

いよいよ本番…フランス人の反応は?

そして迎えた「本番」、8日のワンマンショー。若者を中心に数百人が会場を埋め尽くす。とりあえずサイン会でよぎった「人は集まるのか?」という不安は吹き飛んだ。ステージに登場した鉄拳が開口一番「僕を知ってる人!」と問いかけると会場はいきなりシーン…。しかしひるむことなく得意のイラストネタに突入する。カタカナにしたフランス語のフレーズを暗記して…などという無理をしないところは、さすが自然体の鉄拳。あらかじめフランス語のテキストを書き込んだイラストを用意し、堂々と日本語で説明して、フランス人女性に通訳してもらう。

前半は「サッカーの試合でこんなことがあったらイヤだ」というネタで、フランス人が知っているアニメのキャラクターを登場させ、クスクス笑いを誘う。後半は「もしこんな経験があるなら、僕と一緒!」という「あるあるネタ」をイラストで披露。観客に自分も「ある」と思ったら手を挙げさせるという参加型の趣向を盛り込んだ。

「先生をお母さんと呼んでしまったことがある」、「バナナを食べるとき、付いているシールをはがしておでこに貼ってしまう」、「プールで泳いでいて気が付いたら隣のコースにいた」。笑いとともに、フランス人の観客の手が次々と挙がる。会場が爆笑に包まれたのは「女子にモテようとプールで逆立ちしたらオナラが出た」。客層がかなり若かったとはいえ、日本人が抱くフランス人の気むずかしいイメージからすると、やや意外な反応だ。

公演後、会場の声を拾ってみると、「ギャグがシンプルで短いところがいい」、「日常をネタにするのはフランスでウケるよ」など好意的な評価が多い。ただし、そこはフランス人、なかなか鋭い意見を付け加えてくる。「あのコスチュームがなかったら、注意を引くのがキビシイかも」、「最初はいいけど、次は変化をつけないとね。フランス人は飽きっぽいし、すぐ批判するから」。しかし最後は結局、「オナラ、最高だよね」と思い出し笑い…。

ウケなくたっていいんです

奇抜な若者ファッションとの相性もなぜかバッチリ

ショーを終えた鉄拳本人にも聞いてみよう。「あるあるネタのリアクションは意外にも日本と同じでしたね。思ったよりウケました。淡々とやって終わるんじゃないかと思ってたんですが…。でも、ウケなかったらどうしよう、という心配はなかったです。日本でもありますからね。今回もショーの前半はアニメの人気キャラをネタにして、あえて笑いは取りにいかなかったでしょ? アニメ好きのお客さんが多いと聞いていたので、誰もが知っているキャラをとりあえず全部出そうと。まずは挨拶代わりのこういうネタで喜ばせて、親近感をもってもらう。みんなニヤニヤしてたから、作戦成功でしたね」

海外は初でも、そこは芸歴20年の経験、観客の反応をつかむのはお手のものだ。とはいえ、そこまで綿密に戦略を練るタイプではない。それはパラパラ漫画についても、自分の人生についても同じだ。「6年前、仕事が来なくなり、芸人を辞めようとしたことがあるんです。辞める日まで決まっていたのに、たまたま直前にパラパラ漫画の仕事を依頼されました。まだそのときは、これでこの先どうにかなるなんて、まったく考えなかった。人を感動させようなんていうつもりも全然なくて」

2012年に制作したパラパラ漫画『振り子』も、ウケを狙わない無欲の姿勢から生まれた。英国の人気バンド「ミューズ」の曲をBGMに使用したのだが、それがきっかけで、そのミュージックビデオとして正式採用されることになったのだ。まったく予想外の展開のおかげで『振り子』は世界中で視聴され、パラパラ漫画の仕事が次々と舞い込むようになる。

鉄拳のパラパラ漫画最新作 浅田真央のスケート人生を描いた『SLIDE』

「テーマは依頼ありきです。それに合わせてストーリーを練っているうちに、過去に見た映画や漫画の影響なんでしょうか、意識はしていませんが、自然とイメージや構図が頭に浮かんでくる。頭の中で一度それを組み立てたら、あとは下書きもせず、ひたすら夢中で手を動かす。それだけなんです。映画の監督もやってみたら、なんて言われますが、無理ですね。人に命令できませんから(笑)」

強烈な見た目とは裏腹の気の弱さも鉄拳の魅力だ。決して我を通さず、ときに流れに身を任せながら、好きな絵に無心で打ち込む。そんなふうに苦境をチャンスに変えてきた。

欲のなさそうな鉄拳にも、今やりたいと思うことがある。「パラパラ漫画のショートフィルムを海外の映画祭にも出したいですね。今までのような人生や家族をテーマにした感動モノだけでなく、お笑いやアートっぽい作品にも挑戦してみたい。まずはその前に、こんな格好をしたお笑い芸人が1秒6コマのパラパラ漫画を一枚ずつ手描きで作っている、ということを浸透させられればいいなと思っています」

今回、海外の観客と直に触れ合ったことで、その確かな手ごたえをつかんだようだ。

写真=澤田 博之(パリ市内)、樋野 ハト(ジャパンエキスポ会場)
取材・文=ニッポンドットコム編集部

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