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国境なき落語団:海を渡る噺(はなし)家たち

文化

日本語を知らなくても、落語は十分魅力的。ドイツ人のクララさんが率いる「国境なき落語団」は、外国語の字幕を駆使して世界中の観客を笑わせている。

「日独交流150年」でドイツへ

東京の片隅に、のぼりがはためく木造の建物がある。ここは新宿末広亭。1897年創業の寄席で1日2回、午前11時と午後5時に入場者の行列ができる。しかし、外国人旅行者向けの観光ガイドにはほとんど出てこない。落語を理解し楽しむには、かなりの日本語語学力が求められるからだ。

新宿末広亭 撮影=Justin Choulochas

何百年もの間、落語は主に大阪や東京で語られてきた。他のきらびやかな舞台や伝統芸能と違い、落語は身振りや手ぶり、扇子と手拭いの小道具を使って一人で何役も演じわける話芸。ご存知のように、座布団に15分から90分座ってしゃべるだけで、動き回るような表現はしない。だから高度な日本語の理解力が求められる。といっても言葉だけでなく、演目によっては日本の時代的背景が分からないと話が見えてこないものもある。

私は、オーストリア人の友人に誘われて、初めて落語を聞きに行った。隣で彼が大笑いしているのに、私には全然分からない。そこでまず、落語で使われる語彙(ごい)や演目の内容を勉強し始めた。すると少しずつ「落ち」が分かるようになってきた。もし、こうした落語との出会いがなければ、私は「国境なき落語団」を立ち上げようとは思わなかっただろう。

2011年は、私のふるさとドイツと日本の「日独交流150周年」記念の年だった。そこで私は、三遊亭兼好師匠をドイツに連れて行くことにした。公演は大盛況で、観客たちは、兼好師匠の話芸のとりこになった。この公演の後、私たちは欧州各地から招待されるようになり、17年10月までに、合計で15人の落語家が、16カ国、4900人のお客様の前で口演した。

オーストリア、ウィーン大学での春風亭一之輔師匠の口演=2013年(撮影:キッチンミノル)

外国でも落語は通じる

ここで誤解のないように言っておくが、海外に落語を広めようとしたのはもちろん私が初めてではない。何十年もの間、何人もの落語家が国内外で英語落語を披露してきた。中でも立川志の春氏は、米国で育ったため英語落語を自分のものにしている。彼は生粋の日本人だが、子供時代をニューヨークで過ごし、イエール大学を卒業した。だから、日本語で落語を話すように、ネイティブスピーカー並みの英語で落語を語る。

通常、ほとんどの落語家は、彼のようにバイリンガル環境で育ったわけでもないし、外国語の勉強にそんなに時間を割けない。当然のごとく、私が欧州に連れて行った落語家たちは、自分が最も得意な言語、すなわち日本語で落語を演(や)った。そして現地の人々は、舞台の後ろに映し出される字幕で話の内容を理解していった。欧州に連れて行った全ての落語家が「字幕を使う落語はかなり緊張した」と言う。そもそも落語は、客席の反応を見ながら、即興で進めていくものだ。事前に決められた字幕のせりふ通りに、脱線せずに客席の反応を無視して話すのはかなり難しい。

ベルギーのゲント大学で口演する一之輔師匠 =2013 (撮影:キッチンミノル)

そこでいつも海外公演前に落語家たちに場慣れしてもらうために、首都圏在住の外国人を呼んで、東京で落語会を開催している。実際、欧州で観客を前にすると、演者は必ずと言っていいほど緊張する。三遊亭兼好師匠は「音響チェックのリハーサルで、せりふを機械的に暗唱したら、スタッフが一人も笑ってくれない。海外での初公演で、もし観客が一人も笑わなかったらどうしよう、と気をもんでいました。しかし、いつも通りに落語を演ったら、お客様が日本にいる時のように反応して笑ってくれて、一安心しました」と胸をなでおろした。

入船亭扇辰師匠およびその弟子、小辰氏。ラトビア・リガ公演後に観客の質問に答える。=2015年 (写真提供:国境なき落語団)

落語家が主人公の漫画『昭和元禄落語心中』が、2016年からアニメ化され、日本の国内外で人気を呼んでいた。このアニメのヒットが「ポーランド日本親善友好財団・『波(なみ)』」の会長マチェイ・ポゴーゼルスキーさんが、ポーランドでの落語会開催を決めた理由の一つでもある。「会員の多くが、このアニメの大ファンで、これをきっかけに落語の勉強を始めました。だから『国境なき落語団』で欧州公演に参加した落語家の一人、立川こはる氏がアニメで声優をつとめたと聞いた途端、観客から歓声が上がったのです」とポゴーゼルスキーさんは当時の様子をふり返る。

ベルギー・ゲント市庁舎での春風亭一之輔師匠の落語会=2016年(撮影:キッチン・ミノル)

演者も刺激を受ける海外公演

欧州ツアーは観客のみならず、演者たちにとっても大変刺激になる。どの国でも、新たな観客、会場、そして出会いが待っている。各主催地では現地の日本語を学ぶ学生にお願いして、演者の地元観光案内につき添ってもらっている。春風亭一之輔師匠は、ベルギーでの出会いについて「学生の一人が、徹夜して中世の武器や拷問器具の語彙(日本語)を調べてくれて、ゲントのお城を観光案内してくれました。熱心な学生の姿を見て、非常に感銘を受けました」と話す。案内してくれた学生ガイドは地元の文化だけではなく、現地のユーモラスなジョークも教えてくれたという。「彼らの話してくれたジョークを、今、高座で小ばなしの一つとして使っていますよ」

観客の反応も上々。一之輔師匠の『笠碁』を観たフィンランドの観客は「友達に無理やり連れられて行かれたのですが、2人のおじいちゃんが囲碁をしてけんかする話を聞いて、まさか号泣するなんて夢にも思っていませんでした。最高でした!」とコメントした。

桃月庵白酒師匠の『紙入れ』を見た観客も「まさか遠い日本のコメディを見て笑うとは思っていなかった。けれども、涙が出るほど笑いました。白酒師匠、また来てください!」と大喜びだった

国境なき落語団は11月14~25日までデンマーク、アイルランド、英国、アイスランドへの欧州公演をやり遂げた。18年の春秋公演も企画中だという。

国境なき落語団

英語字幕付き落語会
演者:橘家 文蔵 及び 柳家 わさび
日付・時間: 2018年5月24日 開場:18時30分 開演:19:00
場所: ユーロライブ (ユーロスペース内/渋谷区円山町1-5)
木戸銭 一般 3300円、外国籍の方 1500円
予約・問い合わせ:rakugowithoutborders@gmail.com(国境なき落語団)

(原文英語)

バナー写真:ポーランド・ワルシャワ「日本の波」フェスティバルで落語を演じる柳家小せん師匠 =2017年6月 (撮影=Maciej Pogorzelski)

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