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それでもやっぱりウナギが食べたい

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養殖用シラスウナギの価格高騰で、日本のウナギ業界の苦戦が続く。全国各地のウナギを食べ歩いた、グルメマンガ『う』の作者・ラズウェル細木さんが、危機にひんするウナギ食文化に対する熱い思いを語る。

前代未聞、「ウナギを食べ続けるだけ」のマンガ

ラズウェル細木さんは1956年生まれ、山形県米沢市出身。1983年デビュー。 酒とつまみに関する作品が多い。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)ほか。2010年山形県米沢市観光大使就任。

甘く香ばしいウナギのかば焼きの匂いは何とも食欲をそそるものだ。ウナギは夏バテ防止に夏の「土用の丑(うし)の日」に食べるのが一般化しているが、天然ウナギの旬は実は秋から冬だという。ウナギといえば価格高騰がいわれる今、一年中ウナギを食べ歩くと聞けば、「何たるぜいたく!」とやっかみを買うかもしれない。

とある呉服屋の若旦那・藤岡椒太郎(しょうたろう)は、仕事の合間を見つけてはひたすらウナギを食べる。婚約者とのデートもウナギ屋だし、ある時は「ウナギと結婚すれば」と言われる始末。この道楽者は、『う』というマンガの主人公だ。2010年から約2年にわたって週刊「モーニング」(講談社)に連載され、今でも根強い人気を誇っている。とにかく「ウナギを食べ続けるだけ」の物語。読んでいると、とてもおなかがすいてくる。

『う』単行本全4巻

作者のラズウェル細木さんは、「白黒の画面で匂いも伝わらないマンガの世界で、読者にいかにウナギを食べたくさせるか」に注力したという。

「マンガを連載することになり、取材のために日本各地をめぐり、ローカルなウナギを食べ、ウナギについて見聞きし、調べてみると、最初に思っていたより食文化としても、生物としてもより興味深く、奥深いものだと実感しました」

「資源保護」の観点が重視される昨今のウナギをめぐる状況は厳しいが、日本のウナギ食文化を何とか継承していきたいと願うラズウェルさんに話を聞いた。

江戸時代から続く伝承の味と技術

今日、「江戸前」と聞けばだれでも寿司を思い浮かべる。ところが、かつて「江戸前」といえば、ウナギのことだった。戦前の東京湾では、年間300トンものウナギが捕れたという(東京都島しょ農林水産センター)。

「ウナギは寿司、そばと並ぶ江戸の食べ物です」とラズウェルさん。「ウナギのかば焼きは江戸時代に調理法が完成して、それ以来ほとんど姿を変えていない。そこから延々味と技術を受けついでやっているお店が多い。技術とその店ならではのタレを伝承していくので、老舗が必然的に多くなります」。

老舗が出すかば焼きの味の決め手は、代々継ぎ足しながら熟成させてきたタレだ(東京都台東区の「前川」本店/撮影:加藤 タケ美)

現在、養殖用稚魚(天然シラスウナギ)の乱獲が主な原因で、ウナギ資源は危機的状況に瀕している。2014年6月、ニホンウナギはついに国際自然保護連合(IUCN)「レッドリスト」で絶滅危惧種に指定された。そしてこの数年、シラス不漁による価格高騰が続き、老舗ウナギ屋の廃業が相次いでいる。

 

「高くなるのはやむを得ないが、ウナギ屋は極力値上げをしないよう努力しています。大抵どの店も『誠に申し訳ありませんが…』と書いた張り紙をしている。高すぎるとお客がこなくなるし、安すぎると店がやっていけない。その葛藤の中で営業しています」「ウナギの養殖業者も取材しましたが、ウナギ屋以上に大変らしい。廃業したり、規模を縮小したりしています。養殖もウナギ屋も専業なので、シラスが捕れなくなると、即、死活問題になってしまう」

かば焼きは東西で焼き方も味も違う

連載を始めてから取材で、名古屋、大阪、京都、高知(四万十川)、福岡から、北は青森まで足を伸ばし、地元のウナギを食べた。うな丼、うな重はもちろん、白焼き、うなぎ酒、うなハム、う巻きなどウナギ料理は一通り「制覇」したが、やはり究極のウナギ料理はかば焼きだと実感したそうだ。「『串打ち3年、裂き8年、焼きは一生』という言葉があるように、修行には時間がかかるし、焼く職人によって、味も違います。(東京の)池袋では、カウンターでさばき、焼くのを見せてくれる店がありますが、大変な技だと実感できますよ」お客が来てから生きているウナギをさばき、串をうち、焼く。そのプロセスをよどみなくこなし、無駄な時間をかけないというのも、ウナギ屋の「技」のうちだとラズウェルさん。焼く職人によって味が違うかば焼きだが、焼き方自体も地方によって大きく違う。例えば、関東ではいったんウナギを白焼きにした段階で、せいろで蒸し、タレに浸しながらかば焼きにするので、ふわりとした食感。関西では蒸さずにタレをかけながらかば焼きにする(地焼き)ので、パリパリとした食感になる。さばき方も東西では違い、関東では「背開き」、関西では「腹開き」。さらに、関東ではウナギを開いたら頭を落として、分割してから竹串を打って焼くが、関西では開いたウナギを頭付きで長いまま、数尾一緒に金串を打って焼く。

藤岡椒太郎(『う』の主人公)が大阪のウナギの焼き方が東京とはまったく違うことに驚く場面 ©ラズウェル細木/講談社

ウナギはウナギ屋でおいしく食べよう

もちろん、天然ウナギの個性も育つ環境によってさまざまだ。ラズウェルさんによれば、「琵琶湖など湖は一種のいけす状態なので、ウナギは大きく育つようです。天然ウナギは津軽海峡を越えられず、青森県が北限らしい。その青森の下北半島にある小川原湖(おがわらこ)で捕れるウナギは、特に大きくて食べ出があります。寒いので脂肪をため込むからでしょう」。一方、「(高知県)四万十川の急流では身がしまって、そんなに大きくならない。ウナギが食べているモノも影響します。四万十川では、川エビなど食べて育つので、ウナギの風味も独特になります」。

「世界中にウナギ料理はあるけれど、かば焼きを超える料理はない」とラズウェルさん

連載中は天然ものを楽しむ一方で、マンガでは牛丼屋やコンビニ、スーパーで買ったウナギなど、どんなウナギでもおいしく食べられるエピソードを描いた。だが、「シラスが捕れなくなるにつれ、そうのんきなことは言っていられないぞ、と考え方が変わってきた」そうだ。「コンビニのうなぎ弁当や牛丼屋のうな丼、スーパーで売っているウナギがほんとにびっくりするほど高くなっている。スーパーでは去年の夏には2000円近くの値段をつけていました。牛丼屋でも牛丼300円に対してうな丼800円、コンビニのうなぎ弁当も、中国産で700~800円、国産では1000円以上する。そこまでお金を出すならば、もう少し奮発して、ウナギはウナギ屋さんで食べるようにすれば、それが乱獲の歯止めにもなるのではと最近考えるようになりました」

夏の「土用の丑」だけの食べ物じゃない

日本は世界のウナギ消費の7割を占めるとされる。現在世界でウナギの養殖を行っているのは、日本、中国、韓国、台湾だ。この4カ国・地域が2014年5月に養殖用シラスの量を制限する合意を結び、11月から実施されている。日本では養殖業者に養殖しているウナギの量や出荷量を報告することを義務付けた。「国際的な資源保護への取り組みは絶対に必要なこと」だとラズウェルさん。厳しい状況だが、ウナギ資源を守り、かつ、ウナギ業界を支援するには、1年に何回か、ウナギ屋に足を運ぶことだと強調する。「日本では夏の土用の丑ばかり脚光を浴びて、マスコミも一斉にウナギの話題を取り上げますが、そのあとパタッとやんでしまう。ウナギは夏だけの食べ物ではないとウナギ業界はアピールしています。養殖ものには特に旬はありませんし、天然ものは秋から初冬にかけてが、一番栄養を蓄えて食べごろです」

ウナギをとことん楽しむために

年に数回、ウナギ屋でちょっと贅沢するのもいいではないか。そう言うラズウェルさんに、お店でウナギを存分に楽しむための「心得」を聞いてみた。「基本は、冷めないうちに早く一気に食べろ、ということです」。だが、ウナギが焼きあがるまでには、時間もかかる。「最近ではおいしい銘柄のお酒をそろえているウナギ屋も増えました。そういう店では、(ウナギを使った)酒のつまみも充実している。お酒とおつまみをじっくり楽しんだ後で、うな重をかっこめばいい」ちなみに、蔵元、卸問屋、酒販店などが組織する日本名門酒会では、毎年、「プロが選んだうなぎに合う酒」ベスト3を選出している。ラズウェルさんはその審査員の一人だ。ブラインドテイスティングでかば焼きに合う酒を選ぶのだが、今年で9年連続、大分県のお酒「西の関」 手造り純米酒が1位になったそうだ。ラズウェルさんのもう一つのウナギ関連の「年中行事」は、10月26日、京都・三嶋神社の ウナギ供養「大放生祭」に参加することだ。小さいが平安時代から続くこの神社は、ウナギを神の使いとしてあがめている。「おもに西日本のウナギ業界の人たちが参加します。この神社の宮司とその家族は、代々ウナギを食べないそうです」。こうして年に一回、自分のおなかに収まったウナギたちの供養をした後、ラズウェルさんには楽しみにしていることがある。「京都のウナギ屋で、関西風のパリパリしたかば焼きを食べる事です。東京では食べられませんからね」。[2014年10月のインタビュー/取材・文=板倉君枝(ニッポンドットコム編集部)]タイトル写真=やわらかく蒸してからタレをつけて焼く江戸スタイルのかば焼き(東京都台東区の「前川」本店/撮影:加藤 タケ美)
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