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特集 「美味しい」は「楽しい」
福島のフレンチシェフ:野菜を主役にもてなす客は1日1組
[2016.10.12]

当日仕入れた野菜を使って1日1組だけに料理を提供する「Hagiフランス料理店」。主役は福島の食材だ。生産者と協力して旬の素材を生かす。2013年には、日本人シェフとして初めてパリ・エリゼ宮の厨房に立ち、オランド大統領に料理の腕を振るった。福島の食材を使ったオンリーワンフレンチを目指している。

萩 春朋

萩 春朋HAGI Harutomo「Hagiフランス料理店」のオーナーシェフ。1976年福島県いわき市生まれ。2000年にフランス料理店「ベルクール」を開店。11年の東日本大震災時に客足が遠のき、それをきっかけに営業スタイルを1日1組だけの完全予約制にした。13年欧州に招かれ、フランス大統領、モナコ公国大公に食事を振る舞う。14 年度農林水産省の「料理マスターズ」受賞。

メニューは野菜を見てから決める

福島県南部、JRいわき駅から車で10分、「Hagiフランス料理店」は小高い丘の住宅街にある。オーナーシェフの萩春朋さん(40)は、1日1組の客をもてなす。地元のみならず、県外からもやってくる。予約のある朝は、地元農家を4~5軒回り、自分の眼と舌で、吟味した野菜を仕入れる。肉や魚などは、野菜の状況に合わせて考える。

調理前に当日の食材を説明する萩さん

採れたての野菜をバットに入れテーブルに運ぶところからコースはスタートする。ゼブラナスやアスパラ、伝統野菜の小白井(おじろい)キュウリやおくいも(ジャガイモの一種)などの素材を客に丁寧に説明する。献立はその日手に入る野菜次第だ。メニューはない。代わりに各皿が運ばれる前に、テーブルに素材を説明したカードを接客担当の妻が並べる。

この日の前菜は、裏磐梯で育ったジュンサイとトリプルコンソメ。萩さんが日本一と称するジュンサイは、寒さから身を守るためにゼリー部分が大きくぷりぷりの食感だ。そこに福島牛、川俣シャモ、いわき市の純血満州黒豚で取ったトリプルコンソメを合わせ、トウモロコシとウニを乗せる。冷たくつるりとした食感からディナーが始まった。

ジュンサイとトリプルコンソメ

いわきの伝統野菜の一つ、おくいものピューレに載せた福島県鮫川村産のサフォーク種仔羊は、その肉質と脂から「奇跡の羊」と呼ばれる。おくいもは、ねばりと同時にサツマイモのような甘さを持ち、羊肉との相性は抜群だ。付け合せのアスパラはソラ豆のような食感だ。

萩さんは、これらの食材を「福島の宝」と呼ぶ。

おくいものピューレに載せたサフォーク種仔羊

地域の素材と生産者を説明したカードがメニュー代わり 写真=ニッポンドットコム編集部

東日本大震災で1日1組に

高校生の時、辻調理師専門学校の門を叩き、2000年、24歳で実家の一角にビストロ風のフランス料理店「ベルクール」を構えた。当初は学校で習ったクラシックな料理の延長で、野菜はあくまでも肉や魚の付け合せという考え方だった。店はそれなりに繁盛していたが、経営に追われる日々だったという。

Hagiフランス料理店

2011年3月、東日本大震災東京電力福島第一原子力発電所事故が起き、萩さんの人生が百八十度変わった。

「この1日で、カラー写真から白黒写真に変わったように、普通の人から被災者になった感じでした」と振り返る。

いわき市は、原発の避難指示区域ではないものの風評被害がひどかった。さらに、1カ月以上も水の供給がなく、震災後3カ月は客足が途絶えた。

1日1組ぐらいしか来ない客に、限られた食材で夢中で料理を作った。そしてある時、今までにないような満足した顔で客が帰っていくことに気付いた。

白石ファームとの出会い

そんな時に生産者と異業種との地域会合に誘われて出会ったのが白石長利さん(35)だ。トマトをもらって帰ると酸味があって抜群においしい。他のトマトと全然違う。「これは、食材の力だと確信し、白石さんの畑を手伝うようになりました」と萩さん。市からの依頼で伝統野菜レシピの共同開発も任された。

白石さんは、当時32歳。出荷用に切り取った青いトマトを萩さんに手渡すと、数日後ジャムになって戻ってきた。「一口食べてすごい!と心を射抜かれ、この人は他の料理人とは違う」と感じた。

生産者の協力のもと、野菜の使い方を工夫し、コンフィチュール(ジャム)やドレッシングも手掛けている。

野菜は生でかじって味見

夏の終わりに、店から車で20分ほどの「ファーム・白石」を萩さんと訪れた。自然農法を営む白石さんは、地元いわき農家の8代目。無農薬・無化学肥料でキャベツ、ブロッコリー、ネギ、芋などの冬野菜やいわき伝統野菜のおくいもなどを育てている。

この日、白石さんから渡された栽培中のナスを萩さんがかじる。「食べてみてください」と手で半分に割ったナスをこちらにも差し出してくれた。採れたてのナスは、サクッと歯ごたえがよく、みずみずしく、甘い。白石さんの畑は、土が他の畑とは異なるという。

開店前、その日に使う野菜をファーム白石に仕入れに行く。野菜の状態を語る白石さん(右)と萩さん

地元生産者との強力なネットワーク

萩さんは震災当時35歳。それまで料理法や経営法ばかりに目が行き、一番大切な素材の研究をおざなりにしていたことに気付いた。そこで農家を何軒も回り、雑誌や本で作物や農業専門用語を勉強し、畑を手伝い、生産者たちと夜遅くまで酒を酌み交わし、信頼関係を深めていった。

白石さんと萩さん。年齢も近く、共に被災者で風評被害者だ。「震災が良いものも悪いものもかっさらい、落ちるところまで落ちたときの出会いだった」と白石さんは振り返る。

「採れたての野菜のエネルギーは100パーセント。そのエネルギーに負けない料理を試行錯誤して作っていくうちに、料理のスタイルががらりと変わりました」と萩さんはいう。食材をいかに生かしていくか、毎日が挑戦だ。

大学生やボランティアの見学が絶えない白石ファーム

エリゼ宮の公邸厨房

地元の食材を紹介するような活動を白石さんと一緒にしていたある日、県の農林事務所から1本の電話が掛かってきた。2013年10月、「クラブ・デ・シェフ・デ・シェフ(Club des Chefs des Chefs)」から、欧州に2カ月間招待されたというのだ。

料理学校時代以来18年ぶりにパリを訪れ、日本人シェフとして初めて仏大統領官邸エリゼ宮(Elysee Palace)の公邸厨房に入り、料理の腕を振るった。食材の安全性を裏付ける検査証明書を携え、福島産シャモ、米、桃などを持参し、食通で知られるオランド仏大統領にシャモを入れた野菜ののり巻き風サラダや、米と酒を使ったソルベなどを振る舞った。

地産地消から地産「他」消へ

Hagiフランス料理店のカードに書かれたコンセプト 写真=ニッポンドットコム編集部

「1日1組で経営は成り立ちますか?」というぶしつけな質問に、「十分やっていけます」という答えが笑顔とともに返ってきた。料理は、昼・夜ともに1万円、1万5000円、2万円の3コース。飲み物・税金・サービス料は別だ。「完全予約で1日1組なら、当日畑から採ってきた野菜を直前に料理し、最高の状態で提供することができます。20人のフルコースは無理ですが」

東京と異なり小規模の営業形態でもきちんと利益を上げる方法を地方から発信していきたいというのが萩さんの考えだ。お金を払ってでも他県から通ってくるような、地産他消のオンリーワンフレンチを目指している。

お土産は、「土」と「産物」と書く。心の土産になるような料理を、福島の土から採れた野菜を中心に作っていきたいという。レストランで手渡されたカードには、「Concept」として萩さんの思いが刻まれている。

  • [2016.10.12]
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