ネバネバしない納豆で海外市場に挑む
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納豆を「洗って食べる」米国人の話に衝撃
茨城県土浦市の納豆メーカー「朝一番」の小河原一哲(おがわら・かずのり)取締役は、滞在先の米国で衝撃的な話を耳にした。納豆好きだというその米国人は「ボウルで水洗いしてネバネバを取った納豆を、サラダにのせて食べる」と言うのだ。
日本人からすれば、「ネバネバは納豆の最大の特徴」。それなのに、そのネバネバを取り除いてから食べることにショックを受けた。相手に理由を問い詰めていくと、「ネバネバは苦手だが、納豆の良さはそれを上回るものがあったから」だということらしい。食べていると体調がすごく良い。匂いも最初は気になったが、慣れると好きになったそうだ。
納豆は栄養価が高い発酵食品であることは、これまでも広く知られていた。さらに近年の研究で、納豆には脳卒中や心筋梗塞につながる血栓を溶かす酵素(ナットウキナーゼ)や、骨粗しょう症の予防効果があるビタミンK2、アンチエイジング効果が期待されるポリアミンなどが多く含まれていることが分かってきた。
糸を引かない納豆を開発すれば、外国人にも受け入れられるのではないか——。小河原氏はこう考えた。蒸した大豆に納豆菌(枯草菌の一種)を加えて発酵させると納豆になるが、糸引きの少ない納豆菌も現に存在する。アイデアを茨城県に持ち込むと、県工業技術センターが製品化に向けた研究を引き受けてくれることになった。
順調な国内市場、伸び悩む海外輸出
全国納豆協同組合連合会(東京都台東区)によると、2016年の納豆の国内年間消費金額(家庭向け末端市場価格)は2140億円。ホテルや飲食店などに提供される業務用を2%程度の44億円とみて、それを含めると日本全体の市場規模は推定約2184億円で前年比7.7%増加した。
納豆の市場規模は04年の2054億円をピークに減り続け、東日本大震災が発生した11年には1730億円にまで落ち込んだ。福島や茨城など納豆消費の多かった地域が被災したことの影響は大きかったが、12年以降は内食回帰と健康志向の高まりで需要も回復に転じた。15年には10年ぶりに2000億円台に戻し、16年は2184億円と過去最高を記録した。
問題は海外。13年12月に和食がユネスコの無形文化遺産に登録され、日本の伝統食への関心が高まったものの、納豆連によれば、納豆の輸出量は14年が約700トン、15年は約750トンと漸増で、期待したほどではなかった。
月産約110万食の「朝一番」では、海外の売上比率は以前から20~30%を占めていたが、「海外で売れると言っても、現地の日本人が中心だった」と大橋茂工場長代理は語る。外国人にいかに受け入れてもらうか、それが最大の課題だった。
混ぜると粒がパラパラほどける
県工業技術センターにおける研究で、最も評価の高かった納豆菌の一株を「IBARAKI Ist-1」と命名。この菌を使った、糸引きの少ない納豆「豆乃香」が2014年に誕生した。この新製品は県統一ブランドとして売り出すことが決まり、朝一番のほかにも金砂郷(かなさごう)食品、ひげた食品、菊水食品、トーコーフーズの4社が参加した。
豆乃香は通常の納豆に比べて25%ほど糸引きが少なく、かき混ぜたときの粘り具合も約3分の1に減少。匂いは従来とほとんど変わらないものの、匂いは弱く、通常の納豆のように匂いが周りに広がることもない。混ぜると糸を引くどころか粒がパラパラとほどけていくのが特徴で、フォークやスプーンを使っても食べやすく仕上がっている。
「ワイン、バターにも合う」と欧州でアピール
豆乃香の海外デビューは2015年1月、外食産業のプロが集まるフランス・リヨンでの「シラ国際外食産業見本市」だった。地元の日立市出身で、現在東京でレストラン「HATAKE AOYAMA」の総料理長を務める神保佳永(じんぼ・よしなが)シェフに依頼し、フランス料理にマッチした納豆レシピを考案。発酵バターの中に豆乃香を入れた「ブール de マメノカ」、フォアグラのパテの下に豆乃香を敷いた「サブレ de マメノカ et フォアグラコンフィー」などを会場で提供した。
「健康に良くて、ワインにも合う」「チーズやバター、生クリームとの調和も良い」と見本市の期間中、連日2000食が完食となった。10月の「アヌーガ2015 世界食品メッセ」(ドイツ・ケルン)ではジャガイモ好きのドイツ人に合わせた「マメノカ・マッシュポテト」などを出品し、好評だった。
他のメーカーも商品開発に力を入れた。金砂郷では、糸を引かない豆乃香を使って食べやすい瓶詰めの「納豆ペースト」を作ったほか、豆乳を使った生地に豆乃香を混ぜたワッフルも販売。菊水は豆乃香を混ぜ合わせたドレッシングを商品化するなどレシピを工夫した。
豆乃香プロジェクトのスーパーバイザーを務めた日本フードアナリスト協会常任理事の藤原浩氏は、1月29日、常陸太田市で開かれたシンポジウムで、「豆乃香というネーミングには、発酵臭は『臭さ』ではなく、体に良い『香り』だという日本の食文化の誇りを込めた。健康食として大切に育ってほしい」と語った。
メニュー提案力で海外へ
多くの人の協力でようやく作り上げられた豆乃香。大橋氏は、「3月にロサンゼルス(米カリフォルニア州)でジェトロ(日本貿易振興機構)主催の商談会が開かれた。ロサンゼルスでは糸引き納豆がすでに普及しているので、豆乃香は同じ州内でも少し北のサンフランシスコやシアトル(米ワシントン州)の富裕層をターゲットにしていく」考えだ。
豆乃香は4月以降、茨城県の事業から離れ、各企業の単独事業となった。欧州の販路も切り開きたいところだが、チルド保存(食品を0度C付近で保存する)の整備がまだ進んでおらず、当面は米国や東南アジアが重点対象だ。
「米国で最大規模の豆腐生産を誇るハウスフーズアメリカ社は、豆腐を使ったメニューの提案力がものすごい。豆乃香もメニューを数多く提案することによって、外国人にも食べてもらえるチャンスを増やす。当面は糸を引かない豆乃香に慣れていただく。それで健康になり、そのうちに糸を引く納豆も好きになってもらうのが夢だ」(大橋氏)とも言う。その地道な努力が実り、納豆がグローバル化することを期待したい。
取材・文=長澤 孝昭写真=長坂 芳樹