「美味しい」は「楽しい」

日本のお茶が世界をつなぐ—茶碗の宇宙に咲くデジタルの花

文化

パリのデザイン・インテリア見本市会場に出現した暗闇の空間。そこで体験したのは、インタラクティブなデジタルインスタレーション作品とお茶が融合する時間。その刹那(せつな)の美と味は、茶道や禅の世界への新しいアプローチともいえる。

真っ暗な空間で、一杯のお茶を待つ。目の前に差し出された茶碗に緑茶が注がれると、その水面に鮮やかな花々が映し出され、咲き始める。茶碗を手に取ってお茶をいただく。花は形を変え、音をたてながら四方へ散ってゆく。再び茶碗を卓に置くと、また新たな花々がそこに宿る。茶碗が空になると、もう花は咲かない。お茶のひと時が終わった合図だ。

映し出される花は、繰り返し再生される映像ではなく、繊細なグラフィックと高度なプログラミングにより、お茶を飲む人の動きにしたがって形を変えていく。二度と再現できないその瞬間だけの景色を偶然が奏でる、まるで生き物のような作品だ。暗闇の中で咲き誇り、散ってゆく花々が、儚(はかな)くも、色鮮やかで美しい。幻の世界と緑茶のもたらす安らぎと味の深さに、何とも言えない感動を覚える。

これは、日本のチームラボとEN TEAのコラボレーションによるインタラクティブなデジタルインスタレーション作品「Espace EN TEA x teamLab x M&O: Flowers Bloom in an Infinite Universe inside a Teacup」(スペースEN TEA x チームラボ x M&O:茶碗の中の無限宇宙に花が咲く)。年に2回パリ近郊で開かれるヨーロッパ最大級のデザイン・インテリア関連見本市「メゾン・エ・オブジェ・パリ(Maison & Objet Paris)」において、2017年秋の会期中(9月8日~12日)に展示された。

一杯のお茶の中の宇宙

チームラボは、プログラマ、エンジニア、CGアニメーター、絵師、数学者、建築家、ウェブデザイナー、グラフィックデザイナー、編集者など、デジタル社会のさまざまな分野のスペシャリストから構成されている「ウルトラテクノロジスト集団」。およそ450名が在籍し、プロジェクトごとにチームをつくり、ものづくりを行っている。

チームラボ 工藤岳(たかし)

「一杯の緑茶の中にだけ存在する作品を考えました。茶碗の中に季節の花が咲いて、お茶をいただくたびにキラキラと音をたてては散り、消えていく。音もBGMではなく、花の散るタイミングや鑑賞者の動きによって変化します。もう二度と同じ瞬間には出会えない、という作品です。『生命を思い、生命をいただく』感覚だと僕は思っています。『儚さの味』なんです。それと同時に、境界線のない暗闇の中で舞い散る花びらを共有しながら、隣の人とのコミュニケーションが自然に生まれたりするのも、この作品の魅力かもしれません」(チームラボ 工藤岳)

空間の中央には、禅の思想に基づく、円を一筆で描いた書画「円相」のデジタルアートが映し出されている。

「円相は禅の世界の象徴であり、悟りや宇宙、人の心など、見る側の自由な解釈に委ねられているものです。それが角度や速度を変えて変化していき、この空間を物語る掛け軸のような役割を果たしています。この作品には季節感や儚さ、静寂、一期一会の空間があります。日本の茶道の心や茶室の世界観に通ずるものになっていると思います」

高感度な業界人が集まることで知られる「メゾン・エ・オブジェ」。会期中、デジタルインスタレーションの空間の入口には絶えず行列ができた(左)。その横には、EN TEAのお茶4種(水出し緑茶はプレーンとゆず味、ホット緑茶は桧フレーバーと杉フレーバー)が試飲できるスペースが設置(右)。

日本のお茶を世界中の人に楽しんでもらう

この作品のコンセプトの要となるのが、お茶のもつ力。EN TEAは、佐賀県嬉野の茶師、松尾俊一が監修し、丸若裕俊(まるわか・ひろとし)がプロデュースを行う新しい形のお茶ブランドで、自然農法にこだわって作られた。丸若はこれまでにも数々のプロジェクトで、日本の伝統技術を新たな視点で現代に生かすことに手腕を発揮してきた。

「お茶はいろいろなものをつなぐ存在であり、多くのことを表現する力を秘めたものだと思っています。今回のプロジェクトでは、単なる飲み物以上の可能性を体現できるお茶を目指しました。お茶だけを楽しむのなら、もっと色を見せたり、器を選び抜いたり、味にとことんこだわったりするでしょう。でもそれは他でやればいい」

EN TEA 丸若裕俊

丸若が追求したのは、映像をより美しく見せ、特別な空間との親和性をもち、なおかつ飲んで美味しいお茶を提供することだった。

「チームラボと試行錯誤を繰り返して、この水出しの緑茶を作り上げました。映像を美しく見せるためには、お茶の水面に抹茶を立てたときにできるような気泡を残さなくてはいけない。最後まで消えずに、味も落とさず。また今回は、水場のない会場で1日2000杯も用意しなくてはならなかった。そんな条件下で高いクオリティのお茶を確実に出すというのは、なかなか大変です。フランス人のお茶に対する知識や世界観は、僕ら日本人が思っている以上なんです」

最新のデジタルアートと自然の力で生まれたお茶という両極端の世界が融合し、互いの可能性を広げ、かつてない芸術の域に引き上げられた今回のコラボレーション。会場では、映像に長時間じっと見入る人もいれば、何度も感嘆の言葉をつぶやく人、花を見つめながら笑顔で寄り添うカップル、そして中には感動のあまり泣き出す人もいた。

最新のデコラティブなインテリアやデザインされた製品があふれる見本市会場で、極限までシンプルにした真っ黒な箱のようなブースはひときわ存在感を放っていた。そこでチームラボとEN TEAが提供したのは、形には残らず消えてしまうもの。にもかかわらず、終日行列が絶えることはなかった。来場者は、茶の味と香りとともにいつまでも記憶に残る時間を生きたに違いない。

「これからも、今回のように、日常のお茶とともに、その場でしか体験できないお茶を作って、世界のいろいろな場所で世界中の人とお茶を楽しみたい。楽しみを共有することこそが、茶の原点だと思っているんです」(丸若裕俊)

取材・文=樋野 ハト
写真・動画=澤田 博之

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