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スペインで鰹節を作る—老舗3代目社長の挑戦

文化

日本料理に欠かせない鰹節(かつおぶし)。欧州連合(EU)の食品法では輸入禁止品目となっているが、現地生産により規制をクリアした日本人がいる。現在、スペインに自社工場を持ち、欧州20カ国へ出荷している。

味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)は中国にルーツを持つが、鰹節(かつおぶし)は日本固有の調味料だ。和食の基本であるだしをとる際に欠かせない食材で、古来より日本人の食生活を支えてきた。

現在の製造法は江戸時代に完成されたもので、出来上がるまで数カ月を要する。生の鰹を4つに切り、煮た後で骨を抜き、「焙乾(ばいかん、煙でいぶしながら乾燥させる)」という薫製工程を数回繰り返して「荒節(あらぶし)」という鰹節になる。さらにカビをつけて熟成させたものは「枯節(かれぶし)」と呼ばれ、上品でまろやかな風味がある。こうした鰹節は鉋(かんな)で削られ、「削り節」として利用される。

「荒節」と呼ばれる鰹節

カビ付けを繰り返した「枯節」は、高級な鰹節

「東京築地・和田久(わだきゅう)」3代目社長の和田祐幸(さちゆき)は、そのような日本固有の鰹節を3年前からスペインで作っている。和田久は1925(大正14)年に東京・日本橋で鰹節販売店として創業した老舗。現在は鹿児島県枕崎市に製造工場、築地に3軒の販売店を持つ。

海外市場を求めて日本を飛び出す

スペインの首都マドリードから北西へ約450キロメートル。ポルトガル国境近くにある、欧州最大の漁港を有するヴィーゴからほど近いオ・ポリーニョに「和田久」の鰹節工場がある。

オ・ポリーニョにある和田久の工場

和田久の和田祐幸社長。着ているのは、地元の人気サッカー・クラブ「セルタ・ヴィーゴ」のパーカだ

「年齢は、こちらで仕事をする上で面倒臭いから言いませんよ(笑)」と前置きをして、和田はこれまでの経緯を語ってくれた。

父親から社長を引き継いだのは2001年。社長就任以前から中国における市場開拓の可能性を探っていたが、和食がブームになりつつあった欧州に売り込もうと思い、2008年ロンドンに向かった。「国内の鰹節市場は円熟し切った」と感じた彼は、社内に一部反対があったものの、海外に販路を求めて日本を飛び出した。

当時、EU諸国で鰹節は流通していなかった。焙乾工程で発生する煙に含まれるベンゾピレンを含む鰹節はEUの食品安全基準によって輸入禁止食料品になっているからだ。和田はこの問題を「焙乾によってベンゾピレンが付着した表皮部分を、当時、欧州進出への出発点としていたベトナムの工場で削り取ってからロンドンへ輸送する」という方法でクリア。2010年から、これらの輸送された鰹節をロンドンの食品問屋と組んで「削り節」、いわゆる「花かつお」に加工し、自ら欧州中を駆け回り、市場を開拓していった。

鰹節の削り節

厳しいEUの食品規制に挑戦

しかし2014年、和田は鰹節生産の自社工場を規制の厳しいEU圏で立ち上げる決意をし、ポーランドの港町グダンスクに拠点を移した。そしてベンゾピレンを出さないようにするために、ある薫製機製造業者に拝み込んで、スマ(サバの一種)を使った焙乾実験を約1年間繰り返してもらった。試行錯誤の末についに完成した焙煎方法と薫製機に関しては企業秘密なので詳しい話は聞けなかったが、そこまでの苦労は並大抵のものではなかったようだ。

そして「これなら大丈夫」という試作品をドイツの食品検査施設に持ち込み、ついに「ベンゾピレンなし」の証明書を手に入れた。和田は今でもその試作品をビニール袋に入れて大切に保管している。「この薫製機にたどり着くまで、お金も時間もかかり本当に大変でした」と当時を振り返る。

「この年が一番つらかった」と和田は言う。薫製機開発と同時に進めていた工場建設が思い通りにいかなかったからだ。ポーランド保健省に工場の建設許可を申請した際、EUの食品製造規制によって厳しくチェックされ、何度も設計変更を余儀なくされた。その手続きが予想以上に長引き、建設費用も当初予算を大幅に上回ってしまった。

そこで和田はなかなか進まないグダンスクを1年で諦めて、原料取引で関係があったヴィーゴに工場を建設することにした。この地を選んだのは、大西洋のカツオが水揚げされる欧州最大の漁港を有していたからだ。

大西洋の新鮮な魚が並ぶヴィーゴの中央魚市場

15年の年明け早々にヴィーゴへ出向いて登記手続きを済ませ、すぐに大型トラック2台分の機器を運び込んだ。スペインでは許可がすぐに出て、4月から現地の缶詰工場の「軒先を借りるようにして」製造を開始した。その1年後、より広く自由がきく自社工場を求めてオ・ポリーニョに移り、従業員8人体制で毎日1〜2トンの鰹を加工できるようになった。

原料となる冷凍カツオ

解凍した鰹を手作業で4つに切る

切った後の鰹を、湯を張った容器に入れて約1時間煮る。その後、鰹から骨を取り除き、焙煎工程に進む

和食ブームと共に高まる需要

和田久の工場で作られる鰹節は現在、欧州20カ国で販売されている。スペインに活動拠点を移した後も、和田社長がきめ細かに営業に回った成果だ。最も売り上げが高い国は英国で、都市で言えばパリだという。欧州各地で和食が人気になるにつれて鰹節の需要も高まっている。

地元ヴィーゴの高級百貨店「エル・コルテ・イングレス」では、和田久の鰹節はグルメコーナーに並ぶ。値段は40グラムで7.5ユーロ(約1000円)という高級品だ。

ヴィーゴのミシュラン三ツ星レストラン「マルハ・レモン」のオーナーシェフ、ラファ・センテーノさんは、「3年前から、和田さんが作った鰹節を使っている」と言う。「何と言っても、他とは違う味が出せますから。スープのだし以外にも、魚や豆の料理にもよく合います」

高級百貨店「エル・コルテ・イングレス」のグルメコーナーに並ぶ和田久の鰹節

一般家庭でもサラダに振りかけたり、オリーブにまぶしたり、さらにはピザの具にしたりして鰹節を楽しんでいる。フランスでは「鰹節バター」を出すレストランもある。

競争が激化する欧州市場

和田社長がスペインに移って2年目の2016年は、枕崎市の鰹節業者など10社が合同でフランスに工場を建てたり、中国をはじめ韓国、ベトナムの業者が鰹節を欧州へ輸出し始めたりと競争激化の年となった。それでも17年の売上高は95万ユーロ(約1億3000万円)と、前年より20%以上も伸ばした。

和田は、今後を見据えて鰹節以外の事業展開を考えている。カツオを使って粉末だしを作ったり、鰹節の製造過程で廃棄された部材を肥料にしたり、さらにヴィーゴ漁港に水揚げされる魚を加工したりと、さまざまなチャレンジをしていきたいそうだ。今年で創業93年の「和田久」。「これからも数十年、数百年と続く会社」を目指す3代目社長は、欧州での鰹節生産という誰も考えなかったアイデアで、その目標に向けた第一のステップを踏み固めた。

和田久の工場には、各国のメディアが頻繁に訪れる

撮影・取材・文=サワベ・カツヒト

バナー写真=和田久の欧州鰹節工場の前に立つ和田社長とスタッフ

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