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世界一濃厚、抹茶の魅力を引き出すアイデアマンの飽くなき挑戦

文化

静岡県藤枝市に、「世界一濃い」を売りにする抹茶ジェラートの店がある。し好や生活様式の多様化、生産農家の高齢化など縮小傾向にある製茶産業に独自のアイデアで新風を巻き起こす丸七製茶の8代目社長に話を聞いた。

世界一の濃さ、限界に挑戦

日本有数のお茶どころ、静岡県藤枝市に「世界一」を自認する抹茶ジェラートとチョコレートの店がある。創業109年目の製茶問屋・丸七製茶の8代目社長鈴木成彦さん(54)は、2010年にカフェ・菓子工房「ななや」を出店した。屋号の「七」の文字が染められたのれんをくぐると、お茶の香りが鼻をくすぐる。

「抹茶と言えば京都の宇治茶を思い浮かべるでしょう。藤枝抹茶は、品質も価格も宇治といい勝負なのに、知名度がないゆえに完敗。『国産抹茶』として出荷するしかなかった」と鈴木さんは悔しそうに振り返る。地元でさえ「静岡抹茶」や「藤枝抹茶」は、知られていなかった。まず地元の客に抹茶のおいしさを知ってもらおうと試行錯誤する中たどり着いたのがスイーツ。そして抹茶との相性がいいのは、ジェラートとチョコレート。マーケットサイズも、抹茶需要も丁度いいと新たな試みに乗り出した。

「ネット社会では世界一でないと誰も注目してくれない」。

そこで、誰もやったことのない限界「世界一濃くておいしい」にこだわった。「ジェラートもチョコレートも、より濃いものが出てきたら必ず抜き返します」。学生時代は広告研究会に所属し、広告代理店のインターンとして企業の広告戦略に携わった経験を持つ。圧倒的なブランドであるために何が必要なのか考える上で、その時の経験が生きるという。

丸七製茶株式会社の8代目社長を務める鈴木成彦さん。店内背後に見えるのは多様なお茶商品の数々

ラッキーセブン

ななやの抹茶ジェラートは、抹茶の風味をより楽しめるようにNO.1からNO.7まで7段階ある。市販の抹茶アイスクリームは、NO.1~2ぐらいの濃さだという。5番目に濃いNO.5の試作品をジェラートの専門家に食べてもらった時「これ以上濃くすると、機械の攪拌(かくはん)能力を超えてしまうので、これが限界」と言われた。しかし、鈴木さんはNO.6を生み出し、さらに工夫を重ね、とうとう「藤枝抹茶ジェラートプレミアムNO.7」を開発した。「7」にこだわったのは、丸七製茶の屋号の「七」であり、広告心理学的には「7」が最も多様性を感じさせてくれ、選ぶ楽しみを与えてくれる数字だからだ。

ジェラートは、アイスクリームよりも乳脂肪分が少ないため、抹茶の質の良さがストレートに味にでる。並みの品質の抹茶でジェラートを作ると、濃くすればするほど苦みが前面に出て食べられない。NO.7は、深い緑色で濃厚なのに、滑らかでほのかに甘味さえ感じる後を引く味だ。いまや「ななや」を代表する売れ筋となっている。

看板商品である7段階の抹茶、ほうじ茶、和紅茶などを加え20種類を取りそろえる。

抹茶の濃さとおいしさの秘訣は?

藤枝はかつては高級茶「玉露」の産地として隆盛を極めた。しかし、山間地で生産効率が悪く、消費者のし好の変化や離農者の増加などで、徐々に衰退。30年前、玉露の生産農家たちから助けを求められ、栽培方法の似ている抹茶の原料「てん茶」を勧めたのが鈴木さんの父、先代の正已さん(89)。こうして丸七製茶が、静岡県初のてん茶栽培をスタートさせた。

100を超える契約茶園組合の栽培指導や運営も丸七製茶の役目の一つ。茶葉の品質を上げるには年月がかかり、てん茶を引き受けた当初は予想以上の負債を抱え、大変な苦労をした。

抹茶の原料になるてん茶や煎茶は同じチャノキから生産されるが、栽培方法は大きく異なる。てん茶は、日光を遮るように20日間以上覆いをかぶせて栽培したもの。収穫後に蒸して酸化を抑えた茶葉を揉まずに炉であぶり、石臼でひいたのが抹茶だ。被覆することで、葉緑素が増し、緑が濃く、アミノ酸をふんだんに含んだ茶葉になる。

被覆栽培でてん茶を栽培する藤枝の茶畑(黒い部分が日光を遮る被覆) 提供=丸七製茶

いざというときの一服

織田信長や豊臣秀吉など戦国時代(1467-1568年)の武将たちは、戦場に行く前にお茶をたてて飲んだと言われている。「抹茶には、覚醒作用のあるカフェインとリラックス効果の高いテアニン(アミノ酸)という相反する働きをする成分が含まれています。戦場で殺されるかもしれない恐怖と向き合いながらも心が穏やかでいられたのは、抹茶を飲んだからではないかと思います」と鈴木さんは言う。

都会で働く企業人にとっては、クライアント向けのプレゼンテーションが戦場。「武将が抹茶を飲んで戦場に向かったように『プレゼン前に食べる濃厚な抹茶チョコ』を商品化したい」とアイデアは尽きない。

目指すのは世界一のお茶チョコレート

目下の目標は「プレミアムお茶チョコレート市場」で世界を制することだ。2018年10月には、インターナショナルチョコレートアワード品評会のアジアパンパシフィック大会で「ほうじ茶」と「抹茶」の板チョコが銀賞と銅賞を受賞。11月初めにはパリの世界最大級チョコレート展示会サロン・ド・ショコラで、乳製品を使わず、カカオバター、抹茶と砂糖だけを使った新製品「NANAYA MATCHA 7」を出品した。7段階の抹茶とほうじ茶のチョコレート16本入り(72g)で20ユーロ (約1800円)と強気の値付けをしたが、引く手あまただった。

サロン・ド・ショコラに出展したNANAYA MATCHA 7

押し寄せる高齢化と外国産の抹茶

「抹茶アイス」のみならず、「抹茶ラテ」「抹茶ケーキ」と国内外では空前の抹茶ブームだ。鈴木さんの戦略通り、「世界一濃い」は話題になり、テレビや雑誌でもたびたび紹介され、藤枝の本店だけではなく、東京や京都のショップにも連日行列ができている。

しかし、鈴木さんはななやの成功で満足しているわけではない。原点は国内の製茶産業の立て直しだ。お茶の生産量が急増したのは1965年ごろからだが、75年をピークに緩やかに下降し続けている。農家の高齢化も著しく、後継者問題は深刻だ。

ブームに乗って外国産の粗悪な抹茶が幅を効かせ、煎茶をひいた粉末を抹茶として販売する業者もでてきている。「日本には、世界で勝負できる製品があるのです。でも、高くても買ってもらえる魅力的なものにブランディングしていかないと、世界に発信できない」と鈴木さんは課題を口にする。

蒸した茶葉を揉まずに炉であぶり、石臼で引くと抹茶になる 提供=丸七製茶

さらに、これからの製茶業は、「精一杯頑張っているのです」という経験に頼る精神論だけでは生き残れないと言う。生活様式やし好が変わってきている。だから、理論と研究に裏打ちされた技術で、消費者に選ばれるための味と品質を追求しなければ生き残れない、と生産農家にハッパをかけて勉強会を開催している。

「世界からやってくる観光客が、日本の食事は安くておいしいと賞讃してくれる。安いのは、不毛なほどの価格競争に巻き込まれて、農家が買いたたかれているからです。その結果、誰も継ぎたくない、となる」。お茶を消費者に売るだけでなく、加工需要を上げ、付加価値のある商品に仕上げる方法など業界全体の戦略も考えている。

茶葉は毎日成長し、状態が変わるのでチェックが必要だという。

ミラクルドリンク、緑茶の未来

「会議に急須で茶葉を使ってお茶を入れてくださいというのはもう無理でしょう」と鈴木さんは笑う。一方で、コーヒーのバリスタのように、急須でおいしくお茶を入れる急須チャンピオンシップなどの構想を持っている。また、需要が増えるであろうボトルでは、上質の茶葉で入れた緑茶に注力していく。

「ネット社会になり、片田舎の中小企業でも世界に発信できるいい時代になったと思います」鈴木さんはしみじみと言う。「だから、ここで生まれ育った人間として、この地域が世界に発信できる魅力は何かと絶えず考え続けています」。

収穫期には毎朝、各工場で作られた100種類以上もの茶葉のサンプルを本部工場で手に取り、重みで水分量をチェックする鈴木さん。水分1%の違いも見逃さない。お茶のブレンドをする時は、過去のそれぞれの素材の履歴を思い出しながら設計する。藤枝抹茶ジェラートとチョコレートには、良質のお茶、理論に裏打ちされた技術、経験で培った広報のノウハウ、そして地域の人々の生活を豊かにしたいという丸七製茶の思いがブレンドされている。

ななやの店先、「創業1907年」ののれんの前で

丸七製茶株式会社

ななや 藤枝店・自家製菓子工房

  • 住所〒426-0076 静岡県藤枝市内瀬戸141-1
  • TEL054-646-7783
  • 営業時間10:00~18:00
  • 定休日水曜定休(祝日の場合は営業)
  • ウェブサイト:http://nanaya-matcha.com/

写真=川本 聖哉
バナー写真:「ななや」の7段階の藤枝抹茶ジェラート

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