海外コミックの祭典

フアンホ・ガルニド「子どもにはマンガばかり読むなと言ってます」

文化

「ガイマン(海外漫画)ブーム」の火付け役となった海外マンガフェスタ。2013年の第2回には、フランス在住のスペイン人漫画家フアンホ・ガルニドが来日。日本マンガから受けた影響について語った。

フアンホ・ガルニド Juanjo GUARNIDO

1967年、スペイン・グラナダ郊外に生まれる。グラナダの美術学校を卒業後、アニメーターとして働く。2000年から開始したフアン・ディアス・カナレスとの共作『ブラックサッド』は、仏アングレームや米サンディエゴのメジャーな国際漫画祭における数々の受賞歴がある。

第2回海外マンガフェスタのプログラムの表紙を飾った『ブラックサッド』© Dargaud-Guarnido-Diaz Canales

2013年10月、東京で第2回「海外マンガフェスタ」が開催された。このイベントは、海外コミックを日本に広め、漫画(※1)界の国際的な交流の場をつくる試みとして、昨年から始まったものだ。

nippon.comは、今回のプログラムの表紙を飾った『ブラックサッド』の作者、スペイン人漫画家のフアンホ・ガルニドにインタビューを行った。

漫画家が嫉妬する画力

ガルニドは20年前、フランスに移住、パリ郊外のウォルト・ディズニーのスタジオでアニメーターとして働いていた。そしてディズニーのアニメーションに出てくる動物のキャラクターを描きながら、「擬人化された動物たちが登場しても、子ども向けでない、大人向けのストーリーを描いてみたい」という考えを抱いていた。

それが実現したのは、シナリオ担当のスペイン人作家、フアン・ディアス・カナレスとの出会いだった。カナレスは、『ブラックサッド』の原案といえるストーリーを描いていたが、作品としては未完成だった。2人が力を合わせることで、「昔からある寓話の世界に、現代サスペンス文学の要素を混在させる」という難易度の高い試みが始まった。

『ブラックサッド』は、2013年までに5作、番外編2作を数え、仏アングレーム国際漫画祭(※2)で数々の賞を受賞したほか、2013年には漫画のアカデミー賞といわれる米アイズナー賞の最優秀外国漫画賞を受賞した。擬人化された動物たちが繰り広げるハードボイルドな探偵物語の傑作として高く評価されている。

ブラックサッド 第3巻『赤い魂』より (EURO MANGA COLLECTION)  © Dargaud-Guarnido-Diaz Canales

原作ファン・ディアス・カナレス、作画フアンホ・ガルニド、 訳・大西愛子

日本のマンガが表現の幅を広げた

「日本の読者の歓迎ぶりに驚いた」と話すフアンホ・ガルニド

——日本のマンガは欧米のコミックにどのような影響を与えたと思いますか?

「心象風景の描写などには大きな影響を受けたと思います。静物を描いただけの何の動きもないコマで、登場人物の心の内面が表現できることを教えてくれました。これは一例ですが、マンガがコミックにさまざまな可能性を切り開いてくれたのは確かです。日本のマンガのおかげで、その場の雰囲気をリアルに伝えたり、表現の幅を広げたりすることができるようになったのです」

——近年、欧州では多くの日本のマンガが翻訳されています。読者にはどんな影響を与えていますか?

「若い読者はほとんど日本のマンガばかり読んでいます。私の子どもたちもそうなので、もっと『アステリックス』や『タンタンの冒険』を読みなさい、と言っているんです(笑)。マンガが西欧文化にこれほど浸透したのは、物語がめまぐるしく展開することや、登場人物の動きや感情が大きく誇張されているところに、中毒性があるからじゃないかな。今では、マンガが若い読者の行動にまで影響しています」

——トークショーに参加されて、来場者の反応はいかがでしたか?

「思いがけないほど大きな反響がありました。日本のマーケットに対して私がもっていたそれまでの見方は完全に間違っていた気がします。欧州の作家は日本にほとんど進出できていませんが、それは読者の問題ではないんですね。日本人の反応にも、欧米の読者と同じ熱気を感じます。壁は別のところ、恐らく出版業界にあるんじゃないでしょうか」

——日本には強力な漫画のマーケットがあります。欧州ではいかがでしょうか?

「フランスとベルギーには、日本と比べられる程度のマーケットはあります。この2カ国では漫画が完全に文化として根付いていて、マーケットとしても成熟している。問題は欧州の他の地域です。

フランスの出版業界では、毎年あらゆるジャンルの中で漫画の売上げが大きな割合を占めています。それは漫画が文化的な創作物であり、ひとつの芸術ジャンルとみなされているからです。これに対して、日本では娯楽の対象という見方ではないでしょうか。その点が大きく違うと思います」

失敗を大きなチャンスに変える

——ガルニドさんは若い頃、マーヴェル社(※3)で働こうとして不採用になったと聞きました。もしマーヴェルに入っていたら、『ブラックサッド』は誕生していたでしょうか?

「おそらく存在しなかったでしょう。今では、毎日のようにマーヴェルが私を採用してくれなかったことに感謝していますよ(笑)。もちろん、それを思い出すたび、いまだに胸が痛みますが…。

もしマーヴェルで描いていたら、10年にわたるディズニーでの制作経験もなかったはずです。『ブラックサッド』も、フアン・ディアス・カナレスの引き出しの中に埋もれたままになったでしょう。彼と出会い『ブラックサッド』を描いたことで、商業的な成功はもちろん、出版界にひとつの現象を巻き起こせたと自負しています。何と言っても、描くことが大きな喜びであり、幸せの源なのです」

真島ヒロの語る『ブラックサッド』の魅力

海外マンガフェスタのトークショーに、フアンホ・ガルニドとともに参加した真島ヒロ。世界的な人気マンガ『FAIRY TAIL』の作者である彼は、ガルニドの代表作の魅力をこう語る。

「書店で一目見た瞬間からインパクトを感じました。中身をパラパラめくってみたら、すごい画力。家で読みたくてすぐに買いました。3冊買って、人にも是非勧めようと。キャラクターの動物たちの表情が豊かで、ビックリしました。同業者が嫉妬するレベルの本当にすごい画力です」

真島ヒロの入れ込みぶりは、自身の『FAIRY TAIL』の中に『ブラックサッド』の主人公ジョン・ブラックサッドに着想を得たキャラクター、パンサー・リリーを登場させていることからもうかがえる。

「無断で借用したんで、怒られるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてました」と明かす真島ヒロに、「素晴らしい。こんなふうに愛着を示してもらえてとても光栄です」と返すガルニド。

これこそ、国や世代を超えた模倣や影響が漫画の創造性を支えている、という事実が裏付けられた場面だった。

真島ヒロ
1977年、長野県生まれ。デビュー翌年、21歳で連載を始めた『RAVE』(講談社)が人気を博し、同作はのちにテレビアニメ化された。2006年に連載を開始した『FAIRY TAIL』は現在も続き、単行本は現在40巻。海外では少なくとも8カ国で出版されている。

第2回海外マンガフェスタのトークライブ第2部。真島ヒロがガルニドのキャラクターに着想を得た「パンサー・リリー」がスクリーンに映し出された

原文スペイン語
撮影=花井 智子

(※1) ^ コミック全般を表す場合には「漫画」、日本の漫画を指す場合には「マンガ」と区別して表記。

(※2) ^ アングレーム国際漫画祭 :毎年1月末にフランスのアングレーム市で行われる「アングレーム国際漫画祭」は毎年1月末にフランス西部のアングレーム市で行われるイベントで、4日間で20万人以上が来場する。2014年で41回目。

(※3) ^ DCコミックと並ぶ二大アメコミ出版社のひとつ。代表的な作品は『スパイダーマン』、『X-Men』など。

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