伝統美のモダニズム “Cool Traditions”

屋外で飲食しながら伝統芸能を楽しむ「にっぽん文楽」

文化

ユネスコ無形文化遺産に登録される日本の古典芸能「人形浄瑠璃・文楽」。その価値を再認識してもらうことを目的に2015年にスタートした「にっぽん文楽」は、屋外で飲食可能というユニークな公演で注目を集めている。次回開催は2017年3月、伊勢神宮での奉納公演だ。

世界最高峰の人形劇を後世に遺す

迫力満点の義太夫節(六本木ヒルズ公演)

「人形浄瑠璃・文楽」は、ユネスコ無形文化遺産に登録されている、日本を代表する伝統芸能。物語は太夫(たゆう)と三味線の情感あふれる義太夫節で進行し、一つの人形を顔と右手を担当する主遣い、左手遣い、足遣いの3人が息を合わせて操る。その豊かな表現力が生み出す高度な芸術性から、「世界最高峰の人形劇」と評されている。しかしながら、近年、文楽の本拠地・大阪では観客数が伸び悩んでいる。2014年には、橋下徹・元大阪市長が公益財団法人文楽協会に対する補助金見直しを打ち出し、さらに厳しい状況に追い込まれた。

一体を3人で操ることで生まれる繊細な舞(浅草観音公演)

こうした苦境を打破するために、世界に誇るべき「日本の宝」の魅力を広くアピールしようと公益財団法人日本財団が旗揚げしたのが「にっぽん文楽」プロジェクトだ。第1回公演は15年3月に東京・六本木ヒルズ、第2回は10月に大阪・難波宮、第3回は16年10月に東京・浅草観音で行われて大盛況となった。そして、17年3月には、天照大御神を祀(まつ)り、「日本文化の原点」「日本人の心のふるさと」といわれる伊勢神宮で公演が開催される。

第1回公演で、六本木ヒルズアリーナに出現した本格的な舞台小屋。開場前には長蛇の列ができた

遊芸に立ち返り、広い層にアピール

このプロジェクトの特徴は、「屋外で飲食をしながら、気軽に文楽を楽しんでもらう」というもの。元来、文楽は江戸時代に誕生し、寺社の境内や河原などに仮設舞台を設け、庶民が飲食をしながら楽しむという開放的な遊芸であった。しかし、現在は国立の屋内劇場などで演じられ、素人にはとっつきにくい高尚な伝統芸能というイメージが強い。

「にっぽん文楽」の旗揚げ記者会見でも、人形遣いの桐竹勘十郎は「長年伝統が受け継がれることで、文楽の芸術性は磨かれてきました。その反面、敷居が高くなり、気軽に楽しむ人が減ってしまったのかもしれません」と、人気低迷の理由を分析した。そうした意見や歴史をしっかりと踏まえて、遊芸としての文楽を復活させることで、広く文楽の魅力を知ってもらおうというのが「にっぽん文楽」の狙いなのだ。

2014年8月に行われた「にっぽん文楽」プレスプレビュー(会場:ヒルズカフェ)で実演する桐竹勘十郎

本物にこだわり抜いた移動式の檜舞台

屋外での公演を可能にするのが、組み立て式舞台を中心とした移動可能な芝居小屋だ。1億円以上をかけて製作された檜(ひのき)舞台は、銘木の産地として有名な奈良県吉野から切り出されたヒノキを贅沢(ぜいたく)に使った本格的なもの。福岡県筑紫野市の宮大工によって製作され、美しい金細工が施されている。会場を彩る幔幕(まんまく=会場の内外を分けるため周囲に張り巡らす幕)やのぼりも、プリントではなく伝統的な手染めであつらえられた。

上)福岡県筑紫野市にある「菜の実建築工房」で仮組みされた檜舞台 下2枚)伝統的な技術で染め上げられた幔幕

舞台の設計を担当した田之倉建築事務所の田之倉徹也(たのくら・てつや)さんは、このプロジェクトの魅力をこう語る。
「初公演が行われた六本木ヒルズでは、近代的な高層ビルと伝統的な檜舞台のミスマッチが面白かったです。浅草寺ではお寺の境内ということで、舞台小屋との相性がぴったりな上に、見上げるとスカイツリーもあるという抜群の立地でした。通常の建築では、建物の周りの環境や景色を考えて設計しますが、この移動可能な舞台は公演の度に背景などが変わります。それは僕自身、建築家として初めての経験です。お客さんにとっても、文楽と共に、毎回楽しめる要素だと思います」

「にっぽん文楽」は、公演開始までには余裕がある1時間前から入場が可能。観客は、思い思いに弁当やおつまみ、日本酒、ワインなどを持ち込み、飲食しながら江戸時代さながらの舞台空間を存分に味わうことができる。

上)浅草寺本堂とスカイツリーをバックに組み上げ中の檜舞台 左下)舞台製作中の打ち合わせ。左から中村雅之プロデューサー、田野倉さん、太夫の竹本三輪大夫さん 右下)おしゃれにシャンパンを持ち込む観客も(六本木ヒルズ公演)

バリアフリー文楽の開催など進化を続ける

人形遣いによる「文楽解説」

演目は初心者でも親しみやすく、開催地にちなんだ題材など、短めの出し物が2つ用意される。伊勢神宮特別公演では、神々に文楽をご覧いただく「奉納公演」となることもあって祝儀物の「二人三番叟(ににんさんばそう)」と、舞台に使われたヒノキの産地である吉野山を舞台とした「義経千本桜」が演じられる。また、奉納公演には、身体に障がいを持つ方を数多く招待。会場には、イヤホンガイド、点字チラシやパンフレット、字幕用タブレットも用意し、車椅子での入場や付添い人も認める予定で、史上初の「バリアフリー文楽」と銘打っている。演目の間には、太夫と三味線、人形遣いによって軽妙な「文楽解説」が行われ、子供でも文楽が理解できる内容となっている。

初公演の六本木ヒルズでも演じられた「二人三番叟」

このプロジェクトは、東京五輪・パラリンピックが行われる2020年までの継続が決定している。パリでの公演も構想中で、国境を越えた幅広い層に文楽の魅力を訴えていく。プロデューサーを務める中村雅之・横浜能楽堂館長は意気込みをこう語る。
「過去3回の公演は、すべて大盛況となりました。しかしながら、浅草仲見世でのお練りの時には、居合わせた観光客から『あれ、何の人形?』といった声も多く、まだまだ文楽の認知度が低いことを痛感しました。一人でも多くの方に文楽の魅力を知ってもらうために、『にっぽん文楽』ではバリアフリーを始め、海外公演などさまざまな試みを考え続けていきますので、ぜひ一度ご覧いただけたらと思っています」

毎回、大盛況となる「にっぽん文楽」

「にっぽん文楽in伊勢神宮」

写真=三輪 憲亮、大沢 尚芳(プレスプレビューのみ) 協力:にっぽん文楽プロジェクト
(バナー写真は「にっぽん文楽in浅草観音」)

 

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