SNS

最新記事

ニュース

More

特集 伝統美のモダニズム “Cool Traditions”
和紙の世界へ(2) 再生紙で作る西嶋和紙
[2017.11.14]

明治時代以降、機械漉きの洋紙の登場で、各地にあった手漉き和紙の産地が消えていった。そうした中、熱い思いで伝統の手漉き技術を守り、生き延びてきた和紙の里がある。かつて武田信玄公に紙を献上していたという、山梨県身延町の西嶋手漉き和紙の里である。

文字が滲む和紙

南アルプスの山麓、山梨県身延町西嶋に、400年間余り続く小さな紙漉(す)きの里がある。富士川上流域の潤沢な水に恵まれ、農業のかたわらミツマタの紙を漉いてきた。

時代の荒波を生き延び、今は主に画仙紙を漉いている。これが手漉き和紙にしては、ちょっと型破りだ。ちっとも丈夫じゃないし、書かれた文字は見事に滲(にじ)んでしまう。どうやら、わざとそういう紙を漉いているらしい。

西嶋の画仙紙は、書家や画人の要望に応える手漉き和紙だ。墨色とその滲みが美しく映える

書や水墨画は、墨の黒、薄墨色の滲み、余白が調和して作品になる。

「紙は素材です」。そう言い切る西嶋和紙の笠井伸二さんが漉く紙は、墨色の冴(さ)えや滲みの妙を追い求める書画用の画仙紙。1枚1枚はがして干すこともできないほど薄く繊細な紙である。

「戦後の一時期、中国から書画用宣紙(せんし)が入らなくなって、西嶋で画仙紙の試作が始まりました。書家、紙屋、問屋が集まって試行錯誤した結果、昭和30年代に手漉き画仙紙ができました」と笠井さんは言う。産地の生き残りをかけて作った和製画仙紙は、その後高い評価を得て、紙漉きの里に活気が戻ってきた。現在、6軒が紙漉きをしている。

自然乾燥した紙を半日水につけて湿らせ、注意深くはがして、一枚ずつ熱い鉄板に張り付け仕上げ乾燥をする

あえて再生紙にこだわる理由

ざぁー、ざっざっざっ、ざぁー、ざっざっざっ。漉き簀(す)の上で粘り気のある乳白色の原料が、揺らめき踊っている。「若い頃は1日に1000枚は漉いた。今はその半分だな」と笠井さん。80歳を過ぎた紙漉き職人が、軽やかに大きな画仙紙を漉き上げていく。きれいな滲みを出すために、西嶋独特の工夫と技があるそうだ。

「故紙(こし)を原料に使います。繊維がほどよく傷んでいて、油がよく抜けているからです」

故紙とは、一度漉いた紙のこと。画仙紙を裁断した端っこや、高級壁紙の裁ち落とし、乾燥工程で破れてしまった画仙紙も、息を吹き返す。大釜で煮溶かした故紙に、マニラ麻と西嶋産の稲わらを混ぜ、ビーターという機械で叩(たた)いて綿状の紙料にする。

煮溶かした画仙紙の断ち落としや故紙(こし)、麻と稲わらなどを、ビーターでよく叩き繊維の短い紙原料を作る

繊維をいかに短く細かくするか、原料、水、粘りをどう調合するかで紙質が決まるという。調合の具合は、その日の天気、温度や湿度によっても微妙に違ってくる。数値で計れるものではなく、熟練職人のさじ加減がものをいう。

紙漉きの手法は、日本古来の流し漉き。漉く動作はどこも変わらないが、紙を漉く水音が他と違う。よく見ると、漉き槽(ふね)の足元にあるペダルを踏むたびに、紙の原料が1枚分ずつ勢いよく漉き簀に流れ込む仕掛けになっている。

書家のシビアな注文に応える

ふつう紙漉きは、漉き槽から紙料を掬(すく)いあげ、前後左右に揺らして1回1枚の紙を漉く。1日に何十回も繰り返す重労働だ。掬う動作を省いたことで、漉き手の年齢も延びた。さらに、熟練の職人がまとめて紙料を調合することで、紙質を均一に保つ利点もある。西嶋の紙漉き場のほとんどが、笠井さんの先代が考案したこの方式を採用している。職人だから気づく工夫を重ねて、生き残ってきた。

漉き桁(げた)を前後左右に揺らしてとろりとした紙料を薄く均一にのばす(写真左)。漉き簀(す)を外し、漉き上がった紙を紙床に移す(中央)。300枚重ねて水気を切る(右)

西嶋和紙は乾燥方法も独特だ。漉き上がった紙を300枚重ねてプレス機にかけて水を切り、そのまま風通しのいい場所に立てかけておく。自然乾燥に10日から20日かかる。重ねて干せば乾きづらい。しかし薄くて破れやすいため、1枚ずつ剥がせないのだ。カラカラに乾いたら、半日ほど水に浸けて戻し、そおっと剥がして仕上げ乾燥する。

繊維が短く一枚ずつはがせないため、300枚重ねたまま、風通しのいい場所に立てかけて10日〜20日間自然乾燥する

薄い、柔らかい、おまけに長いものは約2.42メートルもある。

「強く持てば破れる。水を含みすぎていても破れるし、乾いているとはがれない」と笠井さんは言う。

なんとも手ごわい相手を、刷毛(はけ)で手早く熱い鉄板に張りつけて約1分。片面を張る間に、先に張ったもう片面がパリッと乾く。よどみない動きで、真新しい紙が次々に仕上がっていく。

ここまで手間暇かけて作る手漉き和紙と、機械漉きの紙の差だが、手にとって比べても素人にはまず見分けがつかない。

「見ただけでは分かりませんが、ひと筆書けばすぐに分かります」。筆当たりの柔らかさ、少し抵抗感のある筆の滑り、滲みの美しさ。書家は書いて紙を選ぶと笠井さんはいう。

「使い手の思いに、常に応えられる紙でありたいんです」

故紙に新たな息を吹き込み、うるさい表現者にとことん付き合う。そんな和紙が、小さな紙漉きの里でひっそりと漉かれている。

手漉き和紙の里西嶋は、山に囲まれ良い水に恵まれた富士川のほとりにある

取材・文=陸田 幸枝
撮影=大橋 弘

バナー写真=足元のペダルを踏むと漉き桁(げた)の上に調合した紙料が出てくる仕掛けを西嶋で独自に考案。労力が軽減され、80歳を過ぎても、1日500枚を漉く

この記事につけられたタグ:
  • [2017.11.14]
関連記事
この特集の他の記事
  • 将来の日本人横綱を育てる:元関脇・安芸乃島の高田川親方インタビューハワイ勢、次いでモンゴル勢と、平成の相撲界は外国出身力士たちの活躍が目立った。これからの新しい時代はどうなるか。竜電、輝、白鷹山といった有望な日本人力士を輩出している高田川部屋の師匠、高田川親方にニッポンドットコムの外国人記者が話を聞いた。
  • 現代人を癒やすマッサージチェア:誕生から進化、普及の歴史忙しい現代人の疲れを癒やす「マッサージチェア」。今や家庭はもちろん、ホテルやスポーツジム、医療施設などでもよく目にするようになった。世界で初めてマッサージチェアの量産化に成功し、今も業界のトップを走る「フジ医療器」(本社・大阪市中央区)に進化の歴史や最新機能について話を聞いた。
  • 力士を強くする稽古とちゃんこ相撲部屋は力士が稽古に励みながら、共同生活をする場。東京・清澄白河にある高田川部屋を訪れ、早朝から始まる厳しい稽古の様子と、それを終えてリラックスした力士たちの姿を追った。
  • 欧州で茶の湯の普及に尽力する、野尻命子に聞くローマを拠点に50年余。80歳を超えた今も、ヨーロッパ各地を飛び回り、日本の「茶の湯」の精神を伝え続ける野尻命子。言葉や文化、宗教も異なる人々に、野尻が説く「茶の湯」が広く受け入れられている理由を探った。
  • 世界で最も有名な忍者:初見良昭氏が現代に伝える「武道の極意」技の伝承を求め、入門する外国人が後を絶たない「武神館」。世界各地から千葉県野田市の道場に足を運び、「戸隠流忍法」宗家・初見良昭(まさあき)氏(86)に教えを仰ぐ。そこで目にしたものは、忍者映画や忍者アニメで知るのとは一味も二味も違う、奥深い世界だった。

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • ニッポンドットコム・メディア塾 —ジャーナリストを志す皆さんに
  • シンポジウム報告